2014.12.31

喪中ですが

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喪中ではありますが、このお正月は実家で受験生がいて騒がしいのは気の毒なので、お正月中、母が我が家で過ごします。

で、せめてお節の用意でもと。あとはもち菜湯がいてすまし汁作ったら、明日の準備はとりあえずOK。

  今年は、父の一周忌、義母の七回忌、義父の脳梗塞入院からの逝去、叔父のお葬式などなど法事の多い年でした。...
つくづく命のはかなさと時の大切さを思いました。
そして、「普通」でいられること「あたりまえ」のことが、実は「奇跡」に近いことなのだとも思いました。
最近は、それらのことのありがたみをうっかり忘れがちになるんですが、そのたびに「あかんあかん」と思い直したり。

2014年が終わっていきます。
この数年で祖母や親と何人も見送り、気持ちの上で、日常と心の中とのバランスを取るのが辛く苦しい時もありましたが、なんとか過ごせています。
  来年はもっとすっきり過ごせるといいですねー。

この一年、お世話になりました。来年もよろしくお願いします。

みなさま、良いお正月をお迎えください。


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2014.11.23

11月やがな!てか、もう12月が来るやん!

Daria


 11月の最初の連休を過ぎてからほどなく、腰を痛めまして。ぎっくり腰みたいにバキ!とはいかなかったのですが、背中から腰にかけての筋がかちかちになってしまいました・・・(ノ_-。)

 立っていても座っていても痛いし、横になっても寝返りすると痛い。で、座っていると太ももの外側とかも痛くなってくるので、一応整形外科を受診。
 レントゲンの結果は特に骨もへたっていないし、神経が触ってることもなく、変な影が映っているわけでもないし、疲れがたまってしまったんだろうねえ。ということで済みました。「まあ、ゆっくりやすんでいなさい」とドクターは言ってくれましたが、なかなかゆっくり休むというのはできないものです。でもまあ、普段よりはローペースで過ごしました。洗濯とか掃除とかゴミ捨ては家族に手伝ってもらって、夕食も子どもに作ってもらったりして。
 1週間ほどで、ほぼ治った感じがしましたが、ポンと冷え込んだ時期にまたじわ~~と痛みを感じたので、ペースを落として過ごしています。

 昨日、今日とは比較的暖かかったせいか、痛みもなく、体も軽く動けました。寒いと駄目、なんて、やっぱり歳ですのう…(^^; まったくもってふがいない・・・。
 さて、この連休も終われば、11月も終わりみたいなもので。早12月。喪中のはがきを早く書かないと。
 腰が痛いとかなんとか言ってる場合ではないですが、ぼちぼち行きます。
 心配してくれた皆さん、ありがとうね。何とかがんばってますよー。

Xmas

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2014.09.28

防災訓練に参加したよ

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 本日、当地区の防災訓練です。
 まずはもよりの集合場所に集まり、町単位で次の避難場所に移動。今回は大人の足なら歩いて10分ほどある小学校でした。
 避難場所に着いたら、名簿に名前を記入。ついでに学校の屋上にも移動します。その後は、防災訓練会場へ移動しました。
 会場では、自衛隊、消防署、警察、市役所、郵便局、国土交通省港地区の各種組合および各種団体、上下水道局、災害ボランティア団体、災害救助犬、各種企業などなど、多数の協力の元、いろんなブースが開かれていたり、訓練や体験ができました。...
 野外では横転した車両の撤去、放水による消火などの訓練、避難場所に指定されている会場の駐車場や敷地に実際どういった形で各設備の設営をするかなど、実際に災害避難時を想定しての訓練です。
 体育館内では、自治体グループが作ってくれた非常食の試食、各団体企業が開いたブースで、家具の固定や、保存食の案内、非常袋に何が入っているといいかなどのレクチャーや救急救命方法などの訓練も行われていました。

 訓練ですので、一般市民の方は自主参加の自由参加ですが、今年は県全体に特別警報が出たり、各地で少し大きめの地震があったり、昨日に至っては御岳山の噴火と、防災に対する意識が高くなっているのか、けっこうな参加人数だったように思います。
 日曜のせいか若い世代の参加が少なかったのは否めませんが、もともと当地区は高齢者の割合が多い地区ですので、全体の印象としてはこんなものかもしれません。
 それでも、今日参加できた人は高齢でも、ご自身で歩ける人ばかりでしょう。寝たきりや車いすの方以外でも、車いすが必要なほどではないが足が悪いという人の参加は少なかったのではないでしょうか。

10489713_595581983886683_5155286060 地元の自治体のグループが作ってくれた災害食。
 チキンラーメンを三分の一くらいに割って、お湯を注ぎ葱を入れたもの。クラッカーにチーズと海苔をのせたもの。
パンにマヨネーズを薄く塗り、刻んだたくあんと鰹節を和えたものをのせたもの。土鍋で炊いた、早炊きできるお米で炊いたご飯。

 クラッカーの上に、チーズやハムや海苔をのせたものなら、高齢者で歯の弱い人でも、楽に食べられそう。

 たくあんも細かく刻めば、固さもにおいも気にならない。鰹節と和えることでたくあんの味もマイルドになるから、たくあん苦手の人でもたべられそうだ。

 もし、避難生活が長引けば、どうしても味が単調になってしまうかもしれないので、こうした工夫は変化に富み、失くしがちな食欲を保つことができるかもしれません。
 ただ、どうしても塩分が高めになってしまうので、普段から薄味の人や病気の人には厳しい食事です。

 災害などが起きて避難生活が長引けば、病気の人はいろんな面で不安が大きくなりそうですし、健康な人でも体調を崩しそうというのが、実感できました。
 ニュースなどで、こういった食事のことや病気のことを見聞きして、頭では分かったつもりになっているのですが、実際に食べてみるともっと身近にそれを感じます。

1_5  陸上自衛隊による炊き出し。自治体グループの人たちと協力しての炊き出しです。訓練であっても、市民を守ってくれる人たちがいるという存在感があります。

 自衛隊の存在についての賛否、武力行使の是非についてはともかくとして、日本のように国土が狭く、資源が乏しく、自然災害が多いだろう国に、こうした組織はやはり必要なのではないかと思います。

 炊き出しは豚汁でした。おいしかったですよー。本当に避難した時、冷たい体育館で過ごす時、暖かい汁は心も体もほっとするのではないかなあと思いました。

 本当に大きな地震などが来れば、どんなことになるか想像もできませんが、こうして訓練をしたり参加することで、直面した時の予測はできるのではないかなあと思います。

こうした訓練の回数を増やすのは、企画運営する側の負担が少なくないとは思いますが、定期的に行い、大小かかわらず行うことで、参加の延べ人数が増えると思いますし、人数が増えれば増えるほど、防災意識が高まると思うので、良いことだと思います。

参加され、協力くださった皆様、お疲れ様&ありがとうございました。

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2014.09.16

鳥羽水族館

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 二日目は鳥羽水族館へGO!久しぶりです。上の子が小さい時に行ったきり。20年ぶりくらい?

エントランス広場にある水槽にはたくさんのお魚が泳いでいます。まさにタイやヒラメが舞い踊り~~~って感じです。

 

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 まるで絵のように美しい。魚はずっと泳いでいますが、疲れないのかな?

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 鳥羽水族館では海獣たちのショーがいくつかあります。アシカやセイウチ、ペンギンなどを近くに見ることができるんですよ。

 アシカはちょうど餌を上げる時間で、飼育員さんが出てきて解説しながら餌を与えます。いろいろな表情を見せるアシカたち。かしこいねえ。
 そのあと、しばらくしてアシカショーが始まりました。逆立ちやらアッカンベーやら、ジャンプやらあまりの多芸ぶりに感心することしきり。ショーが終わって引っ込んでから名残惜しそうな観客の前にもう一度顔だけ出してバイバイするところなど、人間も顔負けのエンターテイナーぶりでした。

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 次はセイウチショー。どうするのかと思いきや、座ったお客さんの真ん前での演技です。オスとメスのセイウチとそれぞれについた飼育員さんとのやり取りはまるで漫才のよう。この子たちも本当に芸達者でなかなか見せてくれます。アシカにしろセイウチにしろ、本当に賢いんですねえ。人間の言うことをちゃんと理解しているように見えました。
 セイウチたちは演技の後、本当の真ん前に来てくれて、触らせてもらえます。ちょっと湿った体毛は短くてでもしっとりと気持ちよかったなあ。魚が主食ですから、どうやら口周りは生臭いようですが、体臭はそんなに気にならなかったかな。まあ、全体に磯臭いのは否めませんが(笑)

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 ペンギンのお散歩も間近に見ることができます。
 15羽くらいのペンギンたちがいっせによったらこったらと歩いてきます。
 セイウチやアシカとか比べると種族がちがうせいか、人間の言うことを理解しているのかいないのかよくわかりませんが、一応飼育員さんの誘導通り、あっちに行ったりこっちにいったり。

 ぶらぶらしているものがあると気になるのか、カメラのストラップなどに反応しては近づいてそれをくわえようとしたり。
 カメラ目線のペンギン君は、ほかのペンギンとお腹の模様が違うんですが、なぜかというとこの子はこの春に生まれた子どものペンギンだからだそうです。

 ということで、途中休憩を挟んでお土産を物色して帰り道へ。
 水族館では、母はちょっと歩き疲れたようでしたが、まずまずご機嫌でいてくれたので良かったです。
 子どもたちも今年で学生が終わってしまい、来年の春からは社会人となります。こうして、自由に時間を取るのもしばらくは難しいでしょうから、今回は良いおばあちゃん孝行ができたのではないでしょうか。
 まだまだ、元気はあり、自分のことは自分でできるとは言うものの、認知症の入り口に立ち、水族館内を休み休みで2時間歩くのがやっととなってしまった母。
 高齢者にありがちな頑固さとかたくなさで、周囲を振り回してし、父のいないことにまだまだ慣れることができないでいます。
 いつまでも元気でいてほしいものですが、ここから先はたぶん1年1年が大切な時間となっていくでしょう。

 義母を見送り、祖母、父を見送り、義父を見送り。その間に伯母夫婦の手伝いや介護施設に入居するまでの手続きなどをし、叔父の認知症を目の当たりに見て。傾聴ボランティアで特別養護老人施設の高齢者の話を聴いたり。母の周りの同世代の人の突然の病気や認知症の症状を見ていると、70代中盤でまだ元気とは言え、この先何があってもおかしくはないと思います。

 他人様からは、母のことを「甘やかしている」とか「わがままをききすぎ」とか言われることもあるのですが、そんなことは気にしません。
 私は迷いませんよ。母のために自分がしたいことがあるならば、自分や自分の家族が困らない限り、とことん母のために時間も体も気持ちも使うつもりです。
 いなくなってから「ああすればよかった」「こうすればよかった」なんて思うのはまっぴらごめんです。生きているうちに、できる間に、やりたいこと、してあげたいこと、しなくてはならないこと、できることは、なんでもしておこうと思っています。

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2014.09.15

鳥羽旅行

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 敬老の日のプレゼントに鳥羽に来ております。

 父が亡くなってめっきり弱った母ですが、最近は足も弱くなり遠出も心配になってきました。自分の足でみんなについてこれるうちにと、ちょっと無理しましたが思い切って一泊二日の旅行にきました。今回は母と私と子どもたち二人の4人での旅です。
 本当はもう少し違う観光地を思っていたのですが、バイト先の会社の社長の口利きで、鳥羽シーサイドホテルを予約してもらえたので、行き先は鳥羽になったわけです。

 1日目は松阪にあるベルファームという場所へ。ちょうど連休でイベントなど行われていてそこそこの人出。いい加減の賑わいです。
 自然食品や添加物なしの食品を販売しているブースを見たり親土産を見たりして、お昼ご飯はそこで食べました。

 昼食後出発をしてとりあえず鳥羽の街まで。鳥羽駅前の一番街というビルでお土産を見ます。鳥羽は真珠も特産品ですから、真珠のアクセサリー屋さんもたくさんあります。祖母と母と三人で行ったとき、ここでお土産買ったよなあと思いだしつつ見て回りました。
 子どもたちは本当だがどうだかわかりませんが、真珠パウダーが入っているというジェラードを食べたり、伊勢志摩鳥羽ならではのお土産品にツッコミを入れたり感心したり。

 ホテルには2時からチェックインできますので、3時をめどに訪れました。丘の上に立つ大きなホテルです。お部屋は12階でとても見晴らしがよかったです。窓を開けると波の音が遠くに聞こえてきます。

 ホテルには大浴場が3か所ありました。時間帯が良かったのか、どのお風呂もほどよくすいていてゆっくりつかれましたよ。食事はバイキングでした。いろいろと海の幸がありました。でも、まあ、こんなものかしら。お刺身や大あさりの焼いたものはおいしかったですよ。

 

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2014.08.30

母に間違われる

1_3学校の保護者説明会に来ています。
生徒さんたちが作ってくれた料理をいただきましたo(^▽^)o
どれも美味しかったですよー。

2_3母も一緒に連れて行ったのですが、なぜか会う先生、会う先生に「お子さんにはいつもおせわになっています~」とあいさつされました。いや、お世話になっているのは子どもの方だと思うが…(^^;

で、どの先生も、初めに母に向ってあいさつされる。どうも、私ではなく母の方が「母親」と思われたようだ。
まあ、確かに母は若く見えるし、子どもは老けて見えるしで、そうかもしれないと思われても仕方ないけどね(笑)
昔、祖母が生きている頃、祖母が「母親」で、母が「姉」で、私が「娘」とよく間違われたから。そうなのかもしれない(笑)

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2014.08.27

作ってもらった

Photo おいしいハンバーガーが食べたいから手作りしようと話していたら、上の子が作ってくれました。
 なんと、パンも自分も焼いてくれたのです。ハンバーグももちろん手作り。
 とてもおいしくいただきました。
 人に作ってもらうと10倍おいしいです。

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2014.08.19

気になる作り

1_2滋賀県日野町にある馬見岡綿向神社。

 

 

 

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綿向山にある大嵩神社の里宮だそうです。静かな所でしたが、なんとはなし曰くありげな。神社フリークには大変興味深いところでした。
鳥居はあるのに人は(祭神は)そこをくぐれない。川を渡る。

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遥拝所にある社の主は?

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調べたらいろいろ興味深いことが出てきそうな。
雨が降ったり止んだりしていたせいか、水の中のような雰囲気でした。

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2014.08.16

頑張るのは自分のため

 頑張らない介護…ということをよく聞きますが。
 介護は頑張らなくてはできません。看護も同様です。
 では、どういう意味で「頑張らない介護」なのでしょう。

 それは、人の為に頑張らない介護なのですね。親のために頑張る介護ではないということです。

 親が死んでしまった時、あとから「ああしておけばよかった」「こうしてあげればよかった」「あんなひどいこと言わなければよかった」などなど、後悔することは誰にでもあるでしょう。

 そんな思いはしたくないから、生きているうちに頑張るのですけれど。

 よくよく思ってみてください。

 「そんな思いはしたくない」

 それは誰の気持ちでしょうか。
 介護されている親の気持ちでしょうか。
 いいえ、違いますよね。
 それは、介護をしている「自分の思い」です。

 と、言うことは、介護は自分のためにしているようなもの。

 自分のために頑張っているのです。

 そう、介護を頑張っているのではなく、「そんな思いをしたくない自分のため」に頑張っているのです。

 一見、そういうと自分のために頑張るなんて、自分勝手な、とか、わがままな、とか思うんですが。

 またまた、よくよく思ってみてください。

 人の為に我慢して頑張って、自分が思うような結果が得られない時や頑張ったことに対して労わりがない場合、「あなたのために頑張っているのに、頑張りがいがない」とか「ワタシばかり我慢して損している」とか思いませんか?

でも、もし、自分のために頑張っているのなら、結果が出ないときどう思うでしょうか。

 まだまだ頑張りが足りないからもう少し頑張ろうと思ったり、ここまで頑張ってしたのだからできなくてもいいじゃないと思ったりしませんか?

 つまり諦めというか折り合いを付けることがしやすいということです。

 自分の思いを見つめましょう。
 自分がどうしたいのか、考えてみてください。

 そうして、自分がどうしたいかわかって、それに対する行動できたら、とりあえず自分で自分をほめましょう。

 結果が出ても出なくても、頑張ったことはすべて自分の糧になります。それはあなたの財産になるのです。

 考えてみてください。
 自分が後悔したくないために、親に一所懸命に介護する。それを見ている周りの人は「親の面倒見て大変ね、親孝行ね。」と労い褒めてくれます。親は親で「面倒かけてすまないね。ありがとうね。」という気持ちを表してくれます。
 自分のためにしているのに、そんなことを言ってくれるわけです。ありがたいことです。
 自分のためにしているのですが、そんな風に思ってくれてありがたい、ありがとうと感謝の気持ちがわいてきます。
 その気持ちを込めてお世話すると、また、相手が良い気持ちになり、こちらに良い気持ちを返してくれるのです。

 とかなんとか。そこまで行くにはいろいろあります(^^;
 乗り越える山も谷もたくさんあります。早く気が付けばそれだけ楽になれます。
 ああ、これもほら、自分のためですよ。気が付けば自分が楽になれるのです。

 そこで、自分でおまじないの言葉を作ります。腹立たしい時、鬱々と落ち込むとき、やるせない時、そんな時にニュートラルに戻れるおまじないの言葉を自分で作ってみましょう。
 心の中で、または実際に声に出して、そのおまじないを唱えます。
 何でもない行為ですが、意外と気持ちの切り替えになりますよ。
 南無阿弥陀仏とかアーメンとか宗教的なことでもよいし、バルス!とかアニメっぽいのでもいいし。自分の中でしっくりくる言葉。

 その言葉を唱えることで、平常心、自然体に戻りましょう。そして、自分はどうしたいのか、どういう風に頑張りたいのかを思い出しましょう。

 できれば、自分がしたいことが、誰かの何かのお役に立てればなおよいと思いますが、まずは、自分がしたいことが世間様の迷惑にならないのなら、とりあえず、小さなことから始めてみてはどうでしょうか。
 
 もちろん、人にはそれぞれ事情があります。今回は介護に関して書いたのですが、介護に限らず、「それから逃げる」「それをしない」という選択肢もあります。
 それを選んで、自分が納得いくのなら、それはそれで一つの方法だと思います。
 頑張ることがベストではない。頑張ったら頑張った分だけのことはありますが、それをすることで自分が「死ぬ」のなら、それをしなくてもいいんじゃないの、とも思うわけです。

 と、言うことで、何が何だかわからない結末になりましたが、このようにゆらゆらと揺れながら、毎日を生きております。
 あまり、こだわりすぎても窮屈だよねーと思いますし。
 いろんな意味で、ガチガチに固まらず、そうね、ゼリーとかプリンくらいの固さでどうでしょうか。プルプルとしてて、崩れるのか?と思ったら崩れないよー的な。
 ああ、しまらない文章でした。読んでくださった貴方、感謝いたします。

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2014.05.30

きれいに咲きました

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 義父が亡くなってから、なるべく遺影の前に花を飾るようにしています。実家の近くのJA直営店のお花が素朴かつリーズナブルな価格なので、実家の帰りに買うようにしています。
 タイミングが悪いと、開ききった花しかないのですが、この時は、蕾の多い花ばかりでした。つぼみが多いと一見見栄えがしないので買う意欲はそがれますが、しばらく待てばきれいに咲くからと買ってきた花。
 やっぱりしばらくするときれいに咲きました。花が開くだろうか?と心配してしまうようなつぼみでもちゃんと咲いてくれました。

 とてもきれいです。義父も義母も花が好きだったので、きっと天国では花を育てているのではないでしょうか。


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2014.05.29

気づくことから始まる

若い人にはわからないのだろうか。いつかは「その日」が来ることが。
何度も「その日」を目にしていても、若い人には他人事なのだろうか。
突然「その日」が来たら「せいせいした」と思うのだろうか。少しでも「さみしい」とか「後悔」は感じないのだろうか。
今、自分がしたその行動が、今、自分がいったその言葉が、刃のように相手をずたずたにしていると気が付くことはないのだろうか。

私は気が付きたい。今、気が付かなくても、あとでもいいから気が付きたい。
気が付いたら、その瞬間から同じ過ちは起こしたくない。起こしてしまったら二度と起こさないように気を付けたい。

いつか分かるのだろうか。自分がどれだけつみ深いことをしてきたか。どれだけ傷つけてきたか。
それを年老いてからわかりたくはないから、私は今でもすぐにでも気が付きたいと思う。

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2014.05.25

介護のコツは…?

  義父母の介護、父の看護をしている時、何かの参考になりはしないかと介護に関するブログを検索し、心に留まったいくつかをずっと拝読しています。どの方もそれぞれの家庭環境、それぞれの考え方に基づいて、それぞれの介護をなさっています。その根底にあるのは、確かな家族の絆です。
 嫁姑であったり、嫁舅であったり、母と娘、母と息子、父と娘、父と息子であったりと、形は違い、そこに生じる葛藤も軋轢も様々ですが、根底にあるのは、やはり家族の絆。
 少しでも長く穏やかで過ごせる時間を持ってほしい、そしてお互いに少しでも気持ち良く過ごせる方法を選びたい、そう思いながら、それぞれの工夫を凝らしていらっしゃいます。

 うまく介護生活をしていらっしゃる方々の共通点は、介護におけるキーパーソンが確立されていること、介護する側もされる側も納得した上で過ごしていること、介護サービスをうまく利用していること、介護スタッフと...のコミュニケーションがうまく取れていること、そして、家族全員がそれぞれ何らかの我慢を良しとしていること。
 この5点くらいがうまくいっているご家庭は、たいてい介護生活が穏やかで気持ちよく過ごせているように思います。

 これから介護が始まる方、今現在介護生活をされている方、このあたりを今一度考えてみてください。
 うまくいっていない、自分だけが辛い思いが多いと感じるのであれば、なおのことです。
 どれかがうまくいっていないけれど、どうすればいいかわからない。という場合も多々あると思いますが、そういう時は、お近くの包括センターに問い合わせたり、知っているケアマネージャーさんがいれば相談したりしましょう。
 自分一人で抱え込んでいては、いつか自分が倒れますよ。

 どうせ我が家のことなんてわかってもらえない。と思うかもしれませんが、意外と世間によくある話だったりします。先達が経験して解決してきたことと同じことも多いです。

 話は変わりますが、介護をされている方のブログを読んでいると、どうしたって最後の日が来るんですよね。それが目前に迫っている記事に触れるとどうしようもなく。ただ、言葉をかけることしかできないんですよね。
 命が終わるのは、どれだけ願っても、どれだけ叫んでも、止めることはできない・・・。
 これは切ないものです。
 必ずその日がやってきます。その時がいつか、なんて誰にもわかりません。だから、その日その日、できることをできるだけ、やり続けなければ・・・と、祖母を父を義父母を見送って思うことです

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2014.05.15

母の日~

10372181_528500363928179_8156436937母の日に子どもたちからのプレゼント。ニャンコ柄のスマホケース。かわい~~~。

ありがとざんす~~~。

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ねこ!!

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 旦那さんが地元の陶器まつりで買ってきてくれました!にゃんこのマグカップです。かわいー。
 表のにゃんこの絵もかわいいですが、うらっかわ見てくだされ。取っ手のふちと底ににゃんこの足跡が!これも猫好きの心をくすぐるデザインです。

72098_526392754138940_1673277841134 さらにお皿(シャレではない(笑)

 ニャンコ柄の小皿5枚せっと。これもかわいいです。一つずつ絵柄が違うのでどれが当たるかはその時次第。
 最近、ねこ好きの作家さんがふえたのか、そこの陶器まつりで猫柄の陶器をよく見るようになりました。よいことじゃよいことじゃ(^^)


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2014.05.05

法事三昧

 1月に義母の七回忌を終え、3月に父の一周忌、義父のお葬式をして、4月の終わりに義父の七七日を終えたばかりの三連休。
  義父の弟、つまりは叔父が5月3日に亡くなりまして。本日葬儀を終えました。
  亡くなった日から3日間。朝からずっとお手伝い。連休もなくなりました。 いやあ、大変だったな。けど、まあ、頑張ってお手伝いした甲斐あって、無事に叔父を見送ることができました。
  叔父は13年前に脳梗塞になり、それから半身不随で毎日を過ごしていました。もしかしたら「13年もよく頑張った。息子も良く面倒見た、これ以上はもうええやろ。わしと一緒にあの世へ行くか。」と連れに来たのかもしれません。
  叔父さん、まだそこらへんにお義父さんがいるはずです。仲良くあの世へ旅立ってください。先に逝ってしまった皆さんによろしくです。
  しかし・・・・・・、葬儀とかがあると太るんだよね・・・・・・ やっとこ、義父の時の増えた分を落としたのに、また増えた気がする(-_-;)また頑張ってもどさなくちゃ・・・です。

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2014.05.03

かきつばた

 下の子の同級生が、カキツバタで有名なお寺さんのお嬢さん。ということで、カキツバタを見に行きました。
1378207_522971884481027_55942919690 満開にはまだもう少しな時期でしたが、お庭のあちらこちらにたくさんのカキツバタが。
 このお寺には伝承がありまして、その昔、小野篁のお嬢様「杜若姫」が、在原業平に恋をしまして、東下りした業平を追いかけ京都を出発しましたが、道中の厳しさに敢え無くこの地で息を引き取ったというもの。
 なんか、すごい話ですねー。時代も平安初期の時代のお話で、篁さんのお嬢様ならそこそこのお姫様。ふつーなら深窓の令嬢で下手したら日の光もあまり浴びないようなお方なんじゃ???そんなお姫様が業平恋しいで京都から今の愛知県知立市まで旅をしたなんて。ものすごい情熱。業平はそんなにいい男だったのか?

 お寺の庭とそれに連なる場所にたくさんのカキツバタが植えられていましたので、これが満開になるとさぞ美しいだろうなあと思います。毎年たくさんの方が訪れられるとか。カキツバタが盛りの時期はカキツバタ祭りを開催中。休日になるとお茶席が設けられて、お抹茶などもいただけます。
 こちらのお寺限定の生八橋カキツバタ味も販売してました。
 
 
 お寺さんと地元の方たちが手作りで開催しているお祭りですので、あまり観光地観光地したイベント性はありませんが、素朴で心洗われる風景が広がっていました。
 お友達とそのお母様、お付き合いくださってありがとうございました。

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2014.04.03

生命保険の外交員にご注意

 生命保険会社の担当者には、こちらの話をきちんと聞ける、そして説明がきちんとできる、さらにこちらの質問に正確に答える、および、説明してからこちらが納得するまで待つことができる人になってもらいましょう。
 でないと、とんでもない契約をさせられます。

 契約更新のどさくさに紛れて、ろくな説明もしないで、さっさと勢いで頼んでもいない契約の書類にサインさせる。こちらが精神的にも時間的にも余裕がないのを知っていて(あえて言う悪用して)十分な説明なしでサインだけさせて去っていく。
 それが飛び込みで来たような外交員ならこちらも十分注意もするし、サインする前に何の書類だか、もっときちんと確認するけどね。

 すでに20年くらいのお付き合いのある外交員で、こちらの要望に応えての契約更新で、ただ書類にサインするだけ。
 事前に説明は聞いてあるので、「その更新の契約書にサインを」と言われて出された書類を十分確認せずにサインしてしまったとしてなにがおかしいだろうか。

 その人を信頼して、こちらの要望のみを更新してくれたものと思いこんで何がおかしいだろうか。

 後から、来たお知らせを見たら、こちらが望んでもないことまで契約したことになっていて、更新されてしまっていた。

 
 まあ、こちらもね、その人を全面信頼してろくに書類を確認せずにサインしたのは悪かったんだけどね。
 ああ、気分悪い。納得がいかんわ。

 大手の生命保険会社だが、こことのお付き合いはこれまでだ。まだ、義父のことで落ち着かない日々が続いているから、落ち着いたら、生命保険会社の変更を検討しようと思っています。
 損得の問題ではなく、信頼の問題です。
 
 皆さんも生命保険の加入や更新時には、十分気を付けてください。長い付き合いの担当員だからと全面信頼したらえらいことになります。
 

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2014.03.29

反面教師

 日本郵便の配達がありまして。その時間、家族が家にいたんですが、不在通知が入っておりまして。再配達してくれたんですけどね。その時に、普通の調子で「この時間、在宅してたんだけど・・・」と言いかけたら、キレ気味に「何度もチャイム鳴らしたけど、お見えじゃなかったです!昼間も私が届けたんで間違いないです!!」とそう言いつつあっという間に去って行った。
 その態度にムッとしました。
 なにが、腹立たしいかというと、その配達員の受け答え。
 どうしてお客さんの問いに対していきなりキレるかなあ。そして、どうして向かい合って説明するんじゃなくて、背中向けながら顔だけこっちに向けて去りながら言うかなあ。
 その人の資質なんでしょうけれど。人の話を最後まで聞かずに、自分に非がないことを声高に主張して、こちらの気持ちも意見も聞かずに逃げるように去っていく。
 嫌ですねえ。こんな人間にはなりたくないですねえ。まして、お客様にそんな態度はとりたくないですねえ。

 クレームっていうのは、その半分くらいは「気持ち」で治まると思うんだよね。中には代償のいるクレームあるだろうけれど、人間だからさー、「気持ち」が納得したらかえってそこの業者とか会社の評価を上げたりするもんだよね。
 一部の人間がそういうチャンスを棒に振って、最低の評価を会社に与えるんだよねー。
 今回の場合も正解不正解をその人に求めたわけじゃなく、「いたけど気が付かなかった結果になった。でも、もしかしてトイレとかですぐに出られない状況だったかもだし、家事をしていてすぐに応答できなかっただけかもしれない。何度かチャイムを鳴らしてもらっても気が付かなかったのなら、こちらも申し訳ない。忙しい時期に再配達は煩わしかったろうから、届けてくれてありがとう、お仕事頑張ってくれてご苦労様」という気持ちでいたんだけどね。
 それを最後まで聞くことも、今後同様な事例の場合どうするかとかの話もなく、キレ気味のセリフを残して立ち去ってしまったんだな。
 こちらにも嫌な気持ちを残し、自分も自分勝手に「いやなクレーム」にして帰って行ったよ。損してるよねー、個人的にも。てな、感じでございましたよ。


 ムッとしたのと、これを反面教師にするために記述。

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2014.03.26

もうすぐ4月1日ですが

 4月1日からの消費税8%施行について、何を買いだめておくと得とか損とかなんて話をテレビでよく見かける。

 毎日使うようなものでも、1年でどれだけ使用するかを考えたら、3%余分に支払うだけなので、特別買いだめしなくても大丈夫。それを買いに行く手間と保管しておく場所が「損」になるので、買いだめはおすすめしない。

 なんて言ってる番組があった。
 たとえばシャンプーの詰め替え500円で1か月に一個使うとと考えて一年で12個。500×12で6000円。その5%は300円。8%なら480円。180円の差。これを12で割ると1か月15円しか変わらない。
   だから、あくせくして買いだめに走らなくてもいいですよと。

 大きなお世話である。
 確かに1か月15円は微々たるものかもしれないが。金額の価値観は人によって異なるし。たった15円しか変わらなくとも、その15円、誰もただではくれないよ。今、ある程度買っておけば、間違いなくその15円は余分に払わなくてもいいんだよね。

 それよりも、その15円余分に払った税金、どこにどう使われるようになってどんな効果があるのか、そういうことをもっと説明しておくれ。
 15円も違うんだから、スペース的にも経済的にも余裕がある人が買いだめしたって、目の前の生活では損にはなりません。
 ただ、そうして、8%の税金を長期で払わないことで、国民の「損」になるのなら、それをちゃんと伝えてほしいなあとか思うわけでして。

 なんてことを思いながらテレビ番組に悪態をついた今朝でした。

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2014.03.23

義父、永眠

 3月14日。午前2時過ぎ。揺れたのに気が付いて目が覚めた。自分の感覚ではかなり揺れたように思ったので、ネットにつなぐと愛媛で震度5強の地震が起こっていた。こちらは震度2だったそうだが、2階にいたせいかそれよりも揺れたような気がした。
 ひとまず大丈夫と思ったので、もう一度眠ろうとうとうとした頃。携帯電話が鳴り始めた。こんな時間にかかってくるなどろくなことはない。きっと義父の病院からだと番号を確かめる。案の定、義父の病院からだった。

 「容体が急変して、今、呼吸がない状態です。」と言われて「心肺停止ということですか?」と問うと「それに近い状態です。」との返事。すぐに駆けつけると話して電話を切った。
 地震のせいか、家族全員が電話の音で目覚めたようで、電話を切った時にはそれぞれ行動を開始していた。
 電話がかかってきたのが2時31分。病院へ着いたのが10分後。病室までの間に看護師から経過を聞く。

 12時の回診の時には寝息を立てて寝ていたという。2時の回診の時に、口から泡が出ていて呼吸が乱れていたらしい。すぐに心電図などを付けて処置を行ったが、見ている間に低下していくので連絡をくれたようだ。
 私たちが到着した頃には、息は途絶えていたが、心電図は微弱ながら動いていた。ドクターが「多分、このまま心肺が停止していくと考えられます。ご家族の見ておられる前で死亡診断を行います。」と告げている間に、心肺停止。

 3月14日、午前2時53分。義父は84歳の生涯を閉じた。

 前々日の3月12日。リハビリのスタッフが病室を訪ねてくれて「ここ一か月のリハビリの経過は好調で、歩行器を使ってですが10メートルから20メートルの歩行ができるようになりました。階段も両手で手すりをもって後ろ向きですが5段ほど降りることができます。筆も持って字が書けるようになりました。この調子ならゴールデンウィーク明けには退院も可能だと思います。」と話してくれていた。
 1月の終わりの転院のころにはインフルエンザを起こしたり、転院して1週間は肺炎を起こしかけていたのも乗り越えて、最近では顔色も良く、食欲もまずまず戻ってきていて病院食で半分、家にいた頃と変わらぬくらい量も取れるようになっていたのに。
 前日の3月17日の夕方、息を引き取る8時間前には、夕食をやはり半分量を食べ、持参したキーウイも半分食べられた。今が3月で5月には退院できると義父に話すと「そうか」とほっとしたような顔をしていたのだが…。

 あっけなく逝ってしまったな。
 義母の時は、義父も残っていたから亡くなったからとあまり感傷に浸る余裕はなかったが。夫の両親とはいえ、ふた親がいなくなるというのは、本当にさみしいものだなと思う。
 入院して2か月半たっていたから、家にはいなかったけれど、やはりどこにもいないというのとはわけが違う。きっと帰ってくると思っていたし。
 なんだか夢を見ているような感じだ。本当に死んでしまったのかな。
 冷たくなった義父にも触れたし、湯灌もしてもらった。ひつぎに入って、思いのほか顔色の良い穏やかな死に顔も見た。通夜も葬儀も行ったし、焼き場で最後のお別れもした。
 なのに、なんだか夢みたい。

 義母の時は、お葬式もそれに関することも初めてだったし、あてにしていた義父は茫然自失であてにならなかったし、子どもたちも中高生で買い出しなど頼めなかったしで、ばたばたと流されるままに過ぎて行って、とても大変だった。
 今回は2回目ということもあり、子どもたちも成人していて、買い出しなども自分たちで行けたし。実家の父が亡くなっていることもあり、弟が中心となって家族全員で来てくれたので、いろいろと手助けしてもらった。
 親戚の叔父や叔母、従兄弟たちもそれぞれの立ち位置を把握してくれて、いろいろとアドバイスをくれたり手伝ってくれた。
 晩年は、私たちと一緒に暮らしていたけれど、生まれ育った場所で一晩過ごし、地元で葬儀を行うという話に、義父の昔馴染みやご近所さんが良くしてくれた。
 感謝、感謝である。私たちだけではできなかっただろう立派な葬儀で、義父も喜んでくれていると思う。

 それでも何かと至らないことは多いもので、あちらこちらに失礼があったのだろうなと心苦しく思います。
 遠くの友達も何人か来てくれて、いろいろと心使いをしてくれて本当にありがとうございました。

 お義父さん、安らかに。大好きなお義母さんとまた一緒ですね。先に逝ってしまった兄妹や私の父や祖母と一緒に仲良くね。
 

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2014.02.16

ホワイトバレンタインとはややこしい(笑)

 全国的に真っ白になってしまったバレンタイン。この雪で思い人にチョコを渡せなかった人もいるのでは・・・?なんて、お節介な心配をしてしまった日でした。
 東京方面のお友達は、まずは14日に帰宅が非常に困難だった模様。そして、翌土曜日の出勤も足止めをくい、大変時間がかかったそうです

 1723172_488644647913751_1917580169_ さて、バレンタインということで、友チョコ贈り合う友人が何人かいます。今年は、どれもニャンコのチョコ。
 どれもこれもかわいくて食べてしまうのがもったいない!
 

1958161_490236701087879_83072164_n 下の写真のチョコには鯛の形をしたチョコもついてる。にゃんこがねらってるぞー(笑)
 で、どのチョコも形だけじゃなくて、お味の方も違ってたりするんだよね。手が込んでるよねー。

 せっかくいただいたのですから、ゆっくり楽しんで味わいます。

 お誕生日の時も思ったけれど、こんな風に折に触れ、プレゼントを交換し合えるお友達がいて嬉しいですねえ。感謝感謝です。
 

 それにしても、ホワイトクリスマスならまだしも、ホワイトバレンタインなんてホワイトデーなのかバレンタインデーなのかわけわからないですね(笑)

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2014.02.14

えらい雪ですなー。

 朝、6時半に外を見たら、雪が降ってました。あれよあれよという間に積もっていきます。降る降ると聞いていましたが、本当に降りましたねえ。

1795549_488958194549063_1949655549_  会社は山の方にあるので、えらい雪だろうなあと思いながら、一度は家を出たんですが。
 道はシャーベット状。車はのろのろではないけれど、ゆっくり走っています。どうしようかなあ、これは行きは何とかいけても、帰りは帰れないかも…と思いつつ走っていたら、すでにスリップして事故をしている車を発見(^^; あかん、これはあかん。と返ってきました。
 夕方からはまず行けそうにないので、この帰り道で義父の面会もしてこようかと思いましたが、それも危ない感じだったのでパス。顔を見に行ってあげないとさみしがるだろうけれど、無事に行き帰りできる自信もなし。おじじ、すまない。

 さて、冬季オリンピック始まってますねえ。日本はこんなに寒いのにソチは何でも気温18度の予想だとか(^^;
未明は男子フィギュアスケートのショートプログラム競技が行われていたので、私のTwitterのタイムラインは結構にぎやかになってましたね。ニュースより先にプル様の棄権と引退を知りました。羽生選手が100点越えしたのも、アボット選手が転倒から立ち上がり演技を続けたのも。ネットって、こういう時、すごいなあ。
 オリンピック前にもメダルの色や獲得に関係なく、選手の皆さんには、今までの練習や努力、声援の成果を余すことなく発揮して、悔いのないプレーをと思っていました。でも、やはり悔し涙を流す選手もたくさんいると思います。
 オリンピックにかかわらず。ですが。成果があり表彰台に立てた人にはもちろん、オリンピックに参加したすべての人、出られなくても参加しようと頑張ってきた人、すべての人に拍手を送ります。
 オリンピック。熱中して観戦するわけではないですが、最後までひそかに応援しながら見ていくことにします。

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2014.02.01

お伊勢参り

 義父の転院が見送りとなった20日。
 せっかく津市まで出向いたのだからと、伊勢に住む義母方の叔父夫婦を訪ねました。
 昨年、叔母のお母様が亡くなった際、知らずにいたので、そのお供えも渡すことも目的の一つ。
 認知症を患っている叔父さん(義母の弟)の介護をしながら、90歳を超える高齢の実父の世話にご実家に通う叔母さん。
 20年ほど前、同居していたお姑さん(義母の母)が寝たきり介護になっていたとき、「無理しないでくださいね。」と労ったところ、「世話をするのは私一人の覚悟でいますから大丈夫ですよ。」と言われ、穏やかでたおやかな印象とは全く違う、芯の強さというか大和撫子の心意気を感じたことがあります。
 だから、叔父さんの介護もお父上の介護もやり遂げられるだろうとは思うのですが、くれぐれも無茶はやめてくれと思います。
 家族それぞれ事情がありますから、お互いに手伝うなんてことはなかなかできるものではありませんが、同じように介護をする身としては、楽できるところは楽して頑張ってほしいなあと思いました。

74312_478084605636422_1510856390__2  で、ついでと言っては何ですが、伊勢にきたのだからとお伊勢さんにお参りをしてきました。
 遷宮がなってから初めてのお参りです。と、言うより、何度か近くまで来たし、お祓い町もぶらついたことがあるのに、内宮にお参りするのは何年かぶりです。
 新しくなった橋を渡る時、その神域のオーラに胸が熱くなりました。五十鈴川のほとりで手を浄め、歩いていきます。平日と言うのに大勢の人。遷宮、遷宮と騒がれる以前のお正月のような人ごみ。これだけの人がありがたがってお参りするんだなあと思いつつ、正宮へ。
 内宮さんの正宮の正面で、ご挨拶と国家安寧恒久平和を祈念したその時に、無風だった境内に風が吹き、正宮を隠すように覆われていた白い布が舞い上がり中を見ることができました。伊勢に住まう神様に挨拶を返していただいたようなタイミングに一人嬉しく思いました。
予定が大きく変更となりましたが、総じて良い時間を過ごせまして。ありがたい一日でございました。
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 それから、お誕生日ということで、子どもたちがケーキの代わりにバームクーヘンをプレゼントしてくれました。クラブハリエのバームクーヘンです。
 ケーキだとすぐ食べちゃわないと駄目だけど、これならすぐに食べなくても日持ちするから楽しんでいただけます。
 ちょっと前はクラブハリエ(=たねや)は、滋賀県や関西に行かないとなかったのですが、数年前から名古屋の百貨店にも支店ができたので、買いやすくなりましたね。
 おいしさの割にリーズナブルなのも魅力的です。しっかりしたラッピングにちゃんと高級感もあり、味も上品でおいしいのですが、思っているよりも安価で購入できます。
 ゆっくりといただきました。ありがとうございます。
1655890_481081372003412_1987506332_ そして、もう一つ。会社のお姉さまからもいただきもの。あえて誕生日はいつと話したことはないのですが、以前にある社員さんと誕生日が同じという話をしたことがあって、それを覚えていてくれて。
 レベッカタイラーのキーケースです。けっこう良いお値段のお品です。こんなのもらっていいのかー?って、感じです。
 かわいいでしょ?にゃんこがモチーフで、目がキラキラしてます。さっそく使わせていただいています。
 
 と、いうことで、いろいろと大変そうな気もしますが、たくさんの人に支えられて今年も新しい年を迎えられました。頑張りますよー。
 いろいろなところに感謝、感謝な誕生日でした。ありがとうございました。

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転院できたよ

 18日にインフルエンザと言われた義父。転院がどうなるかは連絡がないまま20日当日を迎えまして。
 朝、とりあえず駆けつけましたなら、移動途中に連絡があり、「熱は下がり安定しているけれども、年齢や状況を考慮して転院は見送りとなりました。」とのこと。あらら・・・。やっぱり・・・。
 仕方ない。インフルエンザに罹ったら学校だって1週間は出校停止で休まないとならないし、仕事だって、熱が下がって安定するまでは休んでいいような会社だってあるご時世。もし、強硬に転院をして、本人の体調が崩れてしまったり、移動したことで他の人に移してしまってもいけない。いつになるかわからないまま1週間を過ごしました。

 で、翌週28日。無事転院が決まりました。地元のかかりつけの病院へリハビリのために入院しました。
 レントゲンや心臓エコーなどを再度撮り、主治医の診察を経て、病室へ。体調としては、ぼちぼち安定した状態。
 しかし、下半身は安定したものではなく、立ち上がることはできるものの立っていることはできない状態でした。左足は何とか前へ出るのですが、右足が動かせません。右足を出そうとすれば左足で踏ん張っていなくてはならないわけですが、その力が無くなってしまっているんですね。
 さらに座位も保つ時間が前よりも短くなっています。背もたれなしで座った時に、着替えなどでバランスを崩しかけるとそれを立て直すことができません。シャツを着てボタンをしている途中でバランスを崩して傾くとそのままこけてしまいます。
 インフルエンザで安静の前は歩行器にもたれて20メートルくらいは進めたということなので、その時は、もたれてはいても立っていられたってことなので、そのくらいに回復してくれたらいいなあとは思うのですが…。どこまで元に戻るかなあ…。

 食欲の方はないわけではないようです。自分から積極的には食べないようですが、好きなおかずやおやつなら自分から食べようとしますし、あまり食指が動かないものでも看護師さんが口にまでもっていってくれるとご飯も一膳を食べることができます。
 大学病院では糖尿病だから甘いものは厳禁でしたが、さすがにかかりつけの病院。義父の体調に合わせて、食事やおやつの差し入れもOKとなりました。
 義父は糖尿病で薬を飲んでいるのですが、もともと血糖値が高めの方が体調が良く、高齢になり食事量もそう多くないということから、食事制限はありません。バランス良くいろいろなものをたくさん摂る。それでも、一度減った体重が増えないところに今回の入院。
 だから、とりあえず食べられるものを食べて、そこからも意欲を引き出せればというところです。

 そんなことで、毎晩、食事時に面会に行き、食べられそうなものを持参します。もりもりと食べられるときもあれば、全然進まない時もありますが、やはり好物は自分から食べようとするので、まずは食べて元気出して、そしてリハビリに励んでほしいものです。

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2014.01.18

転院と言われたけれど・・・

 脳梗塞で家から車で1時間半弱の大学病院に入院している義父ですが、経過はまずまず良好で、右腕右手はずいぶん動くようになりました。
 カーディガンのボタンも自分でできるし、スプーンフォークを使って自分で食事をとることもできます。
 ただ、下半身には力が入らない様子で、歩行器を使えば、それにもたれながら20メートルくらいは進めるようになりましたが、手放しでの自立はほぼできません。
 手すりを持っての移動もやはりまだ無理なようです。ベッドから車いすへの移乗時も、自分の力だけでは無理なようで、介助を必要とします。
 動脈硬化が進んでいるので、血流を良くする薬を新たに一つ増やして服用することになりましたが、高齢であることもあり、いつまた脳梗塞になってしまうかわからないと言ったところです。

 で、一応の治療も済み、あとは本格的にリハビリに移行できるということで、来週月曜に地元のかかりつけの病院に転院が決まりました。
ところが!今日、面会に行くと朝から微熱があったということでアイスノンを枕にして眠った後がありました。
 昼食後、熱を測ると36.7度。まあ、平熱ということでほっとしたのですが、なんというか、たんが絡んだような咳を何度かしていまして。表情もちょっとぼんやりしているかなあと言った感じ。大丈夫かなあとしばらくいたのですが、眠ってしまったので帰ることにしました。
 帰り際、おでこを触ると熱いとかそんな感じはしませんでしたが。

 夜7時前、大学病院から電話がありまして。夕方、38.4度の熱が出たので、調べてみたらインフルエンザA型に感染しているとか!
病室にも病棟にもインフルエンザの患者やスタッフはいないということで、面会者から移った可能性が高いとの話。ん~~、手の消毒は必ずしていたけれど、マスクは今週になってからつけていない方が多かったかも。自分には全く症状がないので、どこから移ったのかさっぱりわかりません。おまけに義父はインフルエンザの予防接種もしていたのに。(予防接種してもかかる人はかかるし、型が違えば意味はないとか聞きますが。)
 というわけで、20日の転院はどうなるか全く読めない展開となりました。さらに、しばらく面会は控えてもらった方が良いとの話で、なんかがっくり。

 そんなわけで、なんだか煮え切らない数日間を過ごすことになりそうです。

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一足早めに ありがとう(^^)

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 わたくしごとではありますが、1月は私の誕生日があります。ここ数年、お互いに時間が取りにくくなり、思うように会えなくなった友人が何人かおりまして。お誕生日のお祝いも直接会ってできるようなことがめっきりなくなりました。なので、お互いにプレゼントを贈りあうようになりました。

 
 連休最後の月曜日にふた足早くお誕生日プレゼントをいただきました。
 むらさき色のカバンがほしいなあと思っていたところにもらったので、とても嬉しかったです。
 オレンジ色のネコはキーホルダー。スペインのお土産だそうです。メイドインマドリードと書いてありましたよ。イタリアやスペインの皮の加工はとても発色がきれいなのでこれも嬉しい。
 ネコ柄のスカーフと、写真には写ってないけどファーのスヌード?ショルダーコート?もいただきました。

1526912_476675682443981_2029343590_  そして、昨日の金曜日。一足早く、またもやお誕生日プレゼントをいただきました。
 ねこグッズの詰め合わせ‼︎  いっぱいネコが出てくるので、ワクワクしました。どれから使おうか?
 カレンダーをいただいて一年中使えるのは1月生まれならではの特典でしょうか?(笑)

 どちらも日常に使えそうなものばかりをいただきました。
 半世紀も生きてしまうと歳を取ることを嫌なもののように言う向きも世の中にはいらっしゃいますが、私はそうも思いません。歳を取った分、できなくなることも失くすことも多々ありますし、ここまで来るのに良いことばかりもございません。
 それでも、生きているのだから、その日その日を一所懸命、感謝とともに過ごしていきたいものです。そうしているうちに、穏やかで幸せな時間やものがたくさん周りに満ちていく気がします。
 そうして、そんな風に思える自分が幸せであるなあと感謝です。さらにお誕生日のお祝いを贈りあえるお友達がいて幸せです。 これからも末永く、お祝いを贈りあいましょう。

 本当にありがとうございました。

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2014.01.08

右上半身は動く

 脳梗塞で倒れて約1週間。
 実家の近くにある大学病院に搬送された義父は、入院3日目に集中治療室から一般病棟に移されました。他に部屋がなかったのか、脳梗塞の後遺症でうまく体が機能しないせいか、高齢者ということだからかは定かでないが、ナースステーション前の個室に入っています。
 一般病棟に移って次の日からは、手足のリハビリと口腔機能のリハビリのために理学療法士さんが1日一回ずつ入ってくれます。
 一昨日はちょうど面会に行くと手足のリハビリの最中。発症後5日目にして、全く動かなかった右腕が肩よりも上に上がるようになっていました。手首もくるくると返るように。握力は元通りではないものの、スプーンやフォークが握れるようになったとかで、食事も何とか自分で食べられるようになったそうです。昨日、旦那さんが実際に横で見ていたのですが、ほぼ問題なく食べられそうだという話。食べ物の形状にもよるかもしれませんが、一番心配していた食事が自分でとれるようで一安心。やっぱり自分で食べたいタイミングで自分で食べた方がおいしいものね。介助や介護する方も365日朝昼晩と食べさせるのは大変だしね。
 昨日は、面会時に口腔機能と頭の体操をしに来てくれました。色や模様がついた正方形に一部だけ形が白く抜かれています。その形と同じ色、形だけれど、模様が違うピースが5つ、別に書いてあり、正方形の抜けたところに当てはまるものをこたえるという問題です。
 難しくなってくると、時間はかかるのですが、スタッフさんは根気よく付き合ってくださって、10問1セットを3セット、つまりは30問の問題に全問こたえて、全問正解できました。血液がサラサラになる薬を投与してもらって頭がすっきりしたのかしら?(笑)
 でも、今日が何日で、ここがどこの病院かはすぐには思い出せず、いくつかヒントがないと出てきませんし、日付や季節に至っては全く見当識がなく、お正月はすんだよと言っても覚えていません。(紅白も見たし、お雑煮も食べたし、おせちも食べたのにねー)

 そんなことで、徐々に回復を果たしておりますが、右足に力が入らないようで自力で立つことはまだ無理なようです。しかし、左足は力を入れることができるので、ベッドへの起き上がり、ベッドから車いすへの移乗は、介助があれば可能だそうです。これも全然動けなければ、車いすなどへの移乗や着替えの時、かなり大変だろうなと思っていましたが、そこまで頑張ってくれるなら、介助も格段と楽になります。

 後、心配なのは、脳梗塞の後遺症でもあるのでしょうけれど、もともとの傾眠傾向に拍車がかかった状態。話していても、リハビリしていても、回診の診察を受けていても、果ては食事をしていても、すぐにうとうとしてしまうんですね。
 横に寝たきりで動かずに眠っていると、敗血症でも起こさないかと心配してしまうんですが、病院にいる時は、朝昼晩と食事の時には座位でいるし、1日2回のリハビリの時にはベッドを起こして座位でいるし、時には起立の練習もあるので、まずは安心かな。家に帰ってきた方が心配だったりして(^^;)

 まあ、そこは介護度も上がるだろうから、デーサービスなどをうまく使って頑張るしかないかな。
 とにかく、最悪寝たきりか?と思っていたので、いろんなことが自分でできそうな状態に一安心しています。

 義父はペースメーカーを埋め込んであるので、MRIが撮れません。CTではMRIほど細かく観察ができないので、細かい確定はできないし今後の不安要素を指摘することも難しいとのこと。血液の検査や血管の検査などをして、経過や結果がはっきりと出て、今後の治療方針が決まって問題なく、地元のかかりつけの病院が受け入れOKになれば転院できるそうです。
 転院すれば、リハビリが主になるらしいですが、何せ高齢ですからどうなることか…。

 そんなことで、大学病院への面会はまだもう少し続きそうです。家からでも会社からでも1時間半弱。がんばろー。

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2014.01.02

義父、入院する

新年あけました。

昨年のご厚情に感謝しますとともに皆様のより一層のご繁栄をお祈りいたします。

えっと。新年早々ですが。脳梗塞で救急搬送されました。義父が。

元旦は私の実家で、弟家族も母も含めて新年のお祝いをいたしまして、みんなでテーブルを囲みました。たくさんお酒もごちそうもいただいて、義父はご満悦でございました。暖かい気分で床に就いたわけですが。

今朝、みんなでゆっくり起きてきて、9時半ごろ義父を起こしまして。右足だけむくみがひどいなあと思っていたら、うまく歩けない様子で。でも、むくんでいると歩きにくいことはよくある話。
手引きにて椅子まで2メートルの距離を移動。その後、自分でパジャマを脱ぎ、洋服を着ました。それからテーブルを伝い歩きで隣の椅子に移動。
朝食前の薬を飲む段になり、右側に倒れました。呼びかけにもはっきり意思表示がありません。右腕を上げて離すとそのままぱたりと落ちます。右足も同様です。
声は聞こえている様子で、体を動かそうとしますが、やはり右側が動きません。
発症から10分後に救急車を依頼。それから10分弱で救急車が到着。5分強たったところで実家を出発。約15分後に大学病院へ搬送されました。

途中、車内で少し意識が戻り、失語状態であるものの、頷いたりの意思表示ができていました。
病院到着後、しばらくすると脳神経科のドクターから、脳梗塞のようなので、発症4時間半以内ならアルテプラーゼという血栓を溶かす薬を投与すればかなりの確率でよくなるという説明を受けました。
副作用もあるし、80歳を超える高齢者には積極的に勧めはしないが、現状よりは回復するだろうということで、治療を依頼。
投与後、24時間の経過観察が必要なので、そのまま集中治療室へ入院。落ち着けば一般病棟に移動、安定すれば近くの病院への転院。その後、自宅療養となる流れ。

投与後6時間くらいして面会に行くと、ずいぶんとしっかりした顔つきに戻っておりました。質問にも答え、動かないながらも手を握ろうとして指が動く。
寝たきりになる可能性も高く、それが原因で認知症が進む可能性もあるので、どんなかなーと思いますが。
まあ、なったものは変えられませんので、あとは義父の気力と家族の団結にかかっているという感じですな。

しかし、元旦にみんなでお正月の食卓を囲めてよかったです。これが、元旦の朝ならちょっと落ち込みは激しいだろうからね。
大みそかにちゃんと年越しそばも食べて、一足早いおせちを家で食べて、おもちも食べて、お雑煮も。
最近は食欲が戻っていた義父ですから、たくさん食べられてよかったです。

こんな感じで人生一寸先は闇。何がいつ起こるかわかりません。先のことばかり心配していても仕方ありませんから、今できること、してあげたいこと、しておきたいこと、しなければならないことを、今するのがとても大事ですね。

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2013.11.23

イルミネーション見たよ

1454973_452339011544315_734089554_n もうすぐ90歳になろうとしている母の叔母が、母の従弟夫婦に連れられて奈良から出てきてくれた。
 従弟のお嫁さんがイルミネーションを見たいとずいぶん前から切望していたので、今日、道案内を兼ねて一緒に見てきたよ。
 まだ、父が生きていた頃から、「イルミネーションを見に遊びに行くから、一緒に行こう」と話していたのだけれど、去年の今頃からなんとなく体調のすぐれなかった父は、もう少し調子の良い時に行こうと先延ばしにしていた挙句、骨折から入院、そして亡くなってしまった。
 で、先日、母の叔母は祖母が夢に出てきたから、年内に墓参りにこちらへ出てくると連絡してきた。母は、思い立った時が実行の時と、「ついでにみんなでイルミネーションを見に行こう」と言い出した。
 ところが、母も母の従弟も道音痴(^^;)初めての場所やよくわからない道を夜走ると、絶対迷うから一緒に行ってくれとのこと。イルミネーションは夕方からだし、子どもたちが早く帰ってこれるからおじじの面倒も食事の支度もしておくから、親孝行と思って行ってきてよと言ってくれたので、同行した。

 確かに、母の叔母も元気はいいものの高齢であるし、いつ何がどうなるかわからない。一緒に遊びに行くことなんて、この先何度もないはず。祖母と一番仲が良かった叔母さん。少しでもお役に立つなら喜んで、と思う。

1466024_452339008210982_174118180_n 金曜日の夜だから、人出はまずまず。ちょうど良い加減の人ごみ。あんまり多すぎるのも閉口するし、少なすぎるのも寂しくていただけないものね。
 目的地までの道のりも渋滞はそんなになくて、割とすいすいと走れたし。場内では先に食事をしてしまおうと入ったレストランでも30分待ちと言われた割に早めに案内してもらって。
 食事をしている間に、光のトンネルで待ち構えていた人波も一段落。ゆっくりとイルミネーションを見ることができた。

1460085_452254138219469_979052564_n  実は、先月の終わりごろ、義父が通っているデーサービスから連れて行ってもらったところと同じ場所。その時は昼間だったので、イルミネーションは全然だったが、場所によっては富士山のイルミネーションの型は見ることができた。それは張りぼてのようで、骨格が見える味気のないものだったが。
 夜見ると、びっくりするほど立体的。光の流れがまるで日の光を浴びて色を変えていく山肌に見える。
 朝日が昇るダイヤモンド富士から始まって、春の風景、夏の風景、秋の風景、冬の風景と移り替えながら、夜を迎える。というのを繰り返していた。なかなか、きれいでした。

 帰り道もすいすいと空いていて、行きよりも早かったかな。でも、やっぱり、暗いのと初めての道で案内がなかったらちょっと迷ったかもと従弟さんは言っていた(^^;

 そんなに寒くもなくてそれも良かったな。叔母さんも従弟夫婦も喜んでくれたし。良い親孝行ができました。義父の面倒と晩御飯の支度を買って出てくれた子どもたちに感謝です。
 







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2013.11.13

そろそろ喪中ハガキを・・・

 春に父を亡くしたのだけれど。その前後して、今年はいろいろな方を見送った気がする。
 実家の隣の奥様が事故にあわれて。実家のご近所のがんを患っていた旦那様が腸閉塞からの入院中、敗血症で。会社の先輩のお母様が老衰で。旦那さんの従兄の婚約者ががんで。他にもご近所の高齢者の方が3人ほどそれぞれの理由で。
 ネットでも、ずいぶん前からブログで拝見させていただいていた方が二人ほどこの世を去られた。
 テレビでも多くの著名人があの世へ旅立たれ、昭和がだんだんと歴史になっていくような気がする。

 人間は歳を取れば、だれもがいつかはこの世を離れる。その時に、納得済みで旅立たれる方もいれば、未練を残して旅立つ人もいる。
 変な言い回しだが、あの世へ行ってしまった人々は、まだ年相応であったから虚無感は薄いが、やはり、知っている人が急に(見える)旅立ってしまうのは悲しく寂しいものだ。

 今年はそれが多すぎだよ。去年はまだこんなに多くはなかったもの。普段はお付き合いというほどのものはないような間柄でも、やはり知人がこの世を去るということはさみしいもの。
 どうしようもないけれど、どうしようかと思ってしまう。
 義父は84歳になり、母は72歳になる。いつどこで何があってもおかしくはない。突然にその時が来てもなるべく悔いの残らぬようにと心がけていはいるけれど。

 ああ、そろそろ、真剣に喪中ハガキをちゃんとしないと。あっという間に11月も半ばだ。日々の雑務に追われて、肝心なことを忘れちゃいかんな。
 でも、喪中ハガキなんて、作りたくないよなー。
 
 

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