2011.11.27

納骨に行った

090103kyoto_007  義母の遺骨を本山に納骨に行くことになった。義父の足が少しでもまとも動いてくれるうちに行っておかないと、と思って。
 と、言うのも、本当は春くらいに行く予定だったのだが、義父が肺炎を起こし入院してしまったので、取りやめにしたのだ。
 この半年、入院したことも手伝ってか、一気に足腰が弱くなった。階段は恐る恐るだし、ちょっとした段差にもつまずくし、歩くスピードもかなり遅い。(歩くのが遅すぎて、家でもトイレに間に合わないくらい) 少し長い距離(と、言ってもスーパーでカートを押して買い物に歩く程度)でも疲れてしまう。
 このままずるずる延ばしていたら、車での移動も難しくなるかもしれない。おぼつかないながらも自分の足で歩けるうちに、と思い決めた。

090103kyoto_002  うちは浄土真宗西本願寺派。納骨は京都の大谷本廟に行く。無量寿堂にはお寺さん用のブースがあって、そこに小さな骨壷を置いてくるのだ。
 納骨のお参りは、ある程度の人数がまとまるまで待っていて、団体でお参りする。三人の僧侶がお経を詠んでくださった。祖壇納骨は、親鸞聖人の墓所のお側に納骨する。
 そのあと、無量寿堂へ行き、お寺さん専用の場所に納骨してきた。

 なんだか一区切り。義父はどんな気持ちだったろうか。
 今年は暖かいせいか、紅葉もなんだかさえない感じだが、イチョウの木はきれいに色づいていたよ。青い空にとてもきれい。
 そのあとは、みんなでそろって食事に行った。本当はこんな機会だから、京料理でも味わいたいと思ったのだけれど、義父の「焼き鳥が食べたい」の一声で、京料理はあえなく却下された。京都の友人におすすめのお店も教えてもらったのだけれど・・・いいや、また、そんな機会もあるだろう・・・。

090103kyoto_008  で、行ったのは伏見の「鳥せい」さん。せっかく京都まで来て、ただの焼き鳥屋ではあまりにもさみしいので(^_^;)
 ここは、お酒もおいしいし、鶏肉が中心のお料理なので、義父にも十分満足してもらえたようだ。
 買えないかも・・・と思っていた酒粕もげっとできた。ここの酒粕はきりっとすっきりしているので、甘酒よりも料理に合う感じだ。この酒粕で作る粕汁は、苦手な人でもまだ食べられるんじゃないかな。私はこの酒粕で作った甘酒も好きだけどね。

 新名神高速道路のおかげで京都は近くなった。でも、義父と同居をはじめてからは、なかなか京都まで足を運ぶ機会もなくて、久しぶりだったな。
 本当はもっといろんなところも見たかったし、買い物とかもしたかったし、いつも行くコーヒーやお茶のお店も行きたかったけど。

 でも、お天気もよく、納骨も無事すんで、ご飯もおいしくいただけて、義父も喜んでいたので、ありがたいと思う。

 お義母さん、仏さんの近くにお骨を置いてきたよ。もう、痛くも苦しくもないからね。楽しい時期の自分に還って、あの世で過ごしてください。

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2011.11.20

今年も飾った

090103kyoto_001 今年の秋は思いのほか暖かいので、どうも秋らしくない。でも、月日は流れる~~~。はっと気がつけば、11月も半ばを過ぎている。日の暮れるのも早くなったよな~~。
 と、言うわけで、少し早いけど、玄関だけクリスマスモードに。

 年々片付けるのが面倒になっていくので(笑)、これでも少し。あと、ツリーとイルミネーションを飾ろう。
 毎年言っているが、別にクリスチャンではないけれど、なんとなく寒々しい季節に、クリスマスのイルミネーションは気分を明るくさせてくれるね。

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2011.11.03

髪の毛カットした

 下の子の友達が、美容師さんになるために専門学校に通っている。
 中には「美容師ってなんとなくおしゃれでかっこいいし、行ける学校もないし、まだ働きたくないから子の学校へきた」みたいな子もやはり何人かはいるそう。
 お友達(女子)は、お祖母さんもお母さんも美容師をやっていて、お母さんがお店を持っているから、そのお店を継ぎたくて「俺は美容師になる!!!」と決意して学校へ通っているので、前述したような子たちがだらだら授業を受けているのがすごくいやだったらしい。
 まあ、そういったクリエイティブ系の専門学校は夏休みくらいで、遊び半分で来ている子はやめちゃうし、後期に入ったらそれなりに真剣になるから、あんまりぼやかないでがんばりなよと言っていたのだが、入学して約半年、学科も技術も勉強に励んでいる。

 そのお友達が、髪の毛をカットしてくれた。
 学校へ入ったから、ウィッグとか使ってカットの授業もたくさんあるんでしょ?というと、「ウィッグは意外と高いらしく、あまりカットさせてもらえない」そうだ。
 なるほど、高いうえに、ウィッグは切ってしまったらそれまでだものな。伸びないし。
 なので、実際に人の髪の毛を切るのはとても勉強になるらしい。

 せっかくなので、とても短くカットしてもらった。若い子にカットしてもらうと髪型も若い感じになるね。頭が軽くなって、気持ちイイゾヽ(´▽`)/

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2011.11.01

パソの具合が悪い・・・

 なんだかんだでこのパソコンも10年選手。時々、すねて固まってしまう。そして、熱暴走(^_^;)エアーでホコリとか吹き飛ばして、使っていないソフトを整理して削除して、ディスククリーンやデフラグかけて、何とか動いている。
 友人の一人は、まだ、なんとwindows98を使っている人もいるので、XPで文句言っていちゃいかんような気もするが・・・(^_^;) 

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2011.10.15

義父の具合

 おじじの病院。今日は定期検診です。採血して採尿したので時間がかかりそうです。
先日の水曜日は、同じ病院の神経内科を受診してCTを撮ったけど、読影の担当がいなかったので、次の水曜日に結果を聞きにいきます。その間に、火曜日金曜日にデーサービスもあるから、義父にとっては忙しい週間です。

 義父のかかりつけの病院はデーサービスの施設と隣同士で医療連係もあるので、馴染みの介護士さんにもよく出会います。経営母体が一緒のようなのです。その介護士さんたちに出会うのは当たり前と言えば当たり前なのですが、義父にとっては嬉しい偶然に思えるようで、会えるとご機嫌です。

 義父は足の運びが悪くなり、物忘れも判断力の低下も進んでいるようですが、見守り介助が必要なだけなのでなかなか介護認定が上がりません。いや、介護的には労力としてはまだまだしれている感じなので現状でも緊急に困ることもなく、なんとかなっているのですが…。

 なぜ、介護認定度を上げてほしいかと言うと、もう少し義父の精神的な刺激があれば良いと私たちが望んでいて、それをデーサービスで行ってほしいと思っているからなんですね。今の介護認定度では週に二回しかデーサービスを利用できないのですよ。

 義父は元々、賑やかなことが好きな人ですし、どちらかというと社交的な方。自分からアプローチすることはほとんどありませんが、誘われると遊びにいくのは嫌がりません。デーサービスではたくさんの人がいて賑やかな雰囲気だし、スタッフの方がリハビリや頭の体操を勧めてくれるし、適当におだててもくれるので、行っていてとても刺激になっているし、楽しみにもなっているんですね。家族ではそういったことがどうしても一方方向になってしまいがちなので、他者にそれを求めたい。そんなふうに思うのです。

 でも、やっぱり介護認定度は現状維持の雰囲気です。もっと身体的なことや認知症からくる周辺行動の影響が困ったことにならない限りそのままでしょう。もちろん、義父の状態としては、これ以上の悪化があると本当に困るので、現状維持はとても良いことなのですが…。

 義父もこの秋で満82歳。あとどのくらいの人生が残されているのか誰にもわからないのですが、なるべく穏やかな時間を過ごしてほしいと家族全員で思っています。
 で、義父の検査の結果…可もなく不可もなし…でした。まずは良かったです(*^^*)

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2011.10.10

知らぬ間に秋が来ている

Img_01251  暑い、暑いと言いながら、日々のはしばしに秋の気配を感じるなあと思っていたら、なんだかすっかり秋模様ですね。金木犀があちこちで咲いております。うちの庭の金木犀も今が盛り。あとしばらくほのかに馨ってくれるでしょう。

9月18日
 この日は日曜日。休みの日は義父を起こすのもゆっくり。せかして何度も起こしたりしないのだが・・・。午前11時ごろから声をかけ、何度も起こすが、一向に起きてこない。そのままにしておいたら、いつまでベッドにいるのだろうと思う。(何だかんだで1時過ぎに起き出した。それも何度もせかして。)

9月20日
 台風15号、進路を変更して紀伊半島に向かう。名古屋市の庄内川、大雨のため氾濫。100万人に避難勧告。ちょっと待て、100万人が避難する場所が名古屋にはあるのか?避難したあと、生活できるのか?いや、それより、自分達の地域は大丈夫か?
 この日、上の子がサークルの合宿で信州から帰って来る予定だったが、高速道路が土砂崩れのため通行止め。下道も冠水や渋滞で帰って来れず、少し戻ったところのホテルでもう一泊。下の子もJRが途中で川の水位が上ったので運転見合わせ、私鉄で帰ってきた。
 友人の息子さんも、道路事情で帰って来れなかったとか。しかし、各人とも無事を確認。まあ、台風も地震も加減してくれよって感じだ。

9月21日
 台風15号、各地に爪あとを残し関東へ。あまりの暴風雨に東京でも交通機関がストップ。友人達は無事だったものの、なかなか帰宅できなかったらしい。3月の地震の時よりはひどくなかったそうだが、都会は都会で大変だ。

9月22日
 旦那さん、50肩と疲労でよれよれ。気分転換をかねて皆で銭湯へ。義父はお留守番。少しはほぐれたか。

9月23日
 義父の実家の庭の植木を手入れをしに行く。延び放題の枝を払って、捨てやすいように短く切っていく。すごい量だ。どうやって処分しよう・・・。

Img_00971 9月24日
 隣県との県境を越える峠のトンネルが開通したので、ドライブがてら見に行く。以前は狭い林道で、途中、大型車が通れないようにコンクリートで道をわざと狭めてあった。さすがに車どおりは少ないので、鹿や猿、ウサギを見かけるような道だったが。感覚として30~40分くらい短縮された気がする。
 安土城跡、安土山に登ってみる。天守閣への階段が再現されているが、結構急な勾配だ。石段は段差が気にならないところもあるけれど、ビックリと言うか「これ階段ちゃうで。」と思うような40センチくらいの段とか。入り口に杖が置いてあったけれど、そりゃ杖あった方が楽だわ。
 こんなところに信長はお城建てたのかー。材料は安土山で現地調達だったのか?運ぶとなると結構つらいが、戦国の世の中ではこんな労働は常識だったのか。それとも現代人の我々が忘れ去っているような楽な運び方があったのか?

Img_00981 安土城天守閣跡からの眺め。今は田んぼとかになっているが、戦国時代にはこの山のすぐそこまで湖だった。
 信長もこの景色を見て日々を暮らしていたのだろうか。

9月25にち
 地区の防災訓練。旦那さん参加。お疲れさん。
 叔母さん(義父の妹)と従兄(義父の兄の長男)が、義父の見舞いに来てくれる。

9月29日
 旦那さん、お土産に手羽先の焼き鳥買ってきてくれる。おいしい(^_^)

Img_01111 10月1日
 友人が遊びに来てくれたので、イタリアン食べに行ったー(^_^) 久々のピザはおいしかったよ。パスタもまずまず。フリードリンクの中に「ムラサキ芋とぶどう酢のドリンク」と言うのがあって、さっぱりしてイタリアンにあうじゃんと思った。
 その後、ちょっとお買い物。久しぶりだったので、楽しかったよーー(*^_^*)

Img_01271  お土産にもらったミッフィーのマグカップ。あまり子どもっぽくない、おされなデザイン。あと、ウサギのストラップとムーミンのペットボトルホルダーもらった(^_^)ありがとう~~~(*^_^*)

10月2日
 久しぶりに実家へ。義父がいると留守番がいないと長時間のお留守ができないのでお出かけも難しいのだが、昼間は8時間くらいは一人でもいてくれるので、まだまだ楽である。
 祖母の一周忌の会食の場所をどうするかで悩んでいたらしいが、車で15分くらい行ったところのお店に決めた。一周忌は12月11日。

10月6日
 ここ数日、朝晩が寒い。寒暖の差がありすぎ。気をつけていないと喘息や皮膚炎が・・・と思っていたら、案の定。皮膚炎発症。かゆい・・・ひたすらかゆい。油断した・・・。

10月8日
 高田崇史先生の「QED」最終巻届く。これで終わりか~と思うと寂しいが、頑張って読むぞ。伊勢が舞台。神宮の謎に迫る・・・?天照・・・を「あまてる」と読むか「あまてらす」と読むか。「あま」を照らす。どの「あま」だって話だな。ん~~、確かになあ。そういう見方もある。でも、私の感覚では、父神は「三輪」におわし、母神は「伊勢」におわす。まあ、神宮にいるとは限らないがな。

Img_01061_2  とらにゃんが死んでから、ミルにゃんも鳴くようになった。とらにゃんは自己主張のしっかりした猫だったので、餌の催促トイレの掃除、水が飲みたい時、かまってほしい時、ほっておいてほしい時、はっきり鳴いてお知らせしていた。そのため、ミルにゃんは自分が主張しなくても何でも用意されていた状態だった。
 でも、とらにゃんがいなくなると、自分で餌を催促しないと誰も気がついてくれないと思ったのか(実際、今までからして餌皿が空になっていても忘れている我が家、鳴いて餌を催促するようになった。
 まあ、身体に似合わずラブリーな声で「にゃあ」と言うより「みゅう」と言う感じ。とらにゃんは「にゃあ」だったからな。
 まさワンとはあまり仲良くないのだが、これくらいの距離で並んで寝ている時もある。寒くなったら、重なって寝てくれないかなあ・・・。

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2011.09.19

暑いけど秋

 ふと気がつけば、田んぼのあぜに彼岸花がたくさん。この間までなかったのにね。まだまだ昼間は暑いけれど、秋になっていくのだなあ。
 暑い夏は、もう終わり。これから日も短くなっていって、秋が深まっていくのだね。

8月8日 とらにゃんを火葬場へ。

8月9日 お世話になった獣医さんのところへお礼と報告に。脾臓も肝臓も腫れて、腫瘍もいっぱいだったそう。最後、食べようとするなんてすごい頑張っていたんだろうと先生。

8月12日 祖母の初盆。いろいろな方からお供えをいただき感謝。仏壇の前は花やらお供えでにぎやかだったよ。

8月13日 盆休みだが旦那さんは仕事だったり子供達もバイトでいないので、服でも作ろうと一念発起。型紙を起こす。義父、前日、お参りに参加したせいで疲れたか昼になっても起きようとしない。目は覚めているようだが、何度声をかけても起きだして来ない。結局2時過ぎに起き出す。トイレ、便が間に合わず、大惨事(^_^;)

22696921_1267019738_126large 8月14日 せっせと洋裁。途中で旦那さんが帰宅。DVDを借りてきたので、うっかりそれを見てしまう。服が作れない(笑)夜、イオンへ買い物。旦那さんの靴を買う。

22696921_1269526272_65large 8月15日 実家の両親が病院の帰りにうちまで足を伸ばしてくれる。今回は抗がん剤投与ができたとのこと。また数日後体調を崩すのだろうな。両親が帰ったあと、DVD見ながら服を作る。完成~~。

8月16日 上の子と買い物。義父の家はまだ電気もガスも電話もそのままなので、年金の振り替えをしておく。昼頃、スコール。すごい雨だったな。

8月17日 今日から仕事。休み明けなのですること山ほど。下の子2泊3日の旅行。

8月20日 義父、定期健診。内科的には特に変化なさそう。今の症状はパーキンソン症によく似ているらしく、神経内科の受診をすすめられる。

8月22日 ケータイのディスプレイが真っ黒に!!オーマイガー!!電話はできるけれどメールは読めない、着信は誰かわからない。時々、復活するのでパソコンにデータをバックアップ。

Dckkh 8月23日 ケータイを新しく。ポイント使ったので、ちょっとお安くなった。で、帰ったら、上の子が使っていた扇風機が壊れた!まあ、20年使ってきたやつだから仕方ないか・・・。

8月24日 扇風機買って来た。椹野道流先生の小説を密林で注文。早く届けー。上の子、ぎっくり腰の手前。すごく痛いらしい。かわいそう・・・。

8月25日 テレビで島田紳介氏が引退したと大騒ぎ。まあ、あれだけレギュラー持ってたタレントがいきなり辞めたらテレビ局は大騒ぎだわな。でも、社会的にはそこまで大騒ぎしなくてはならないか?と疑問。他にももっと報道しなくてはならない事柄があふれかえっているだろう?

8月26日 先生の本届く(^_^) 一気読み~~。面白かった(^_^) ツイッターで先生をフォローしているのだが、読後の感想を書くと返信してくれる確立が大。今回も律儀に返信をくださった。ウレシー(^_^)

8月27日 午前中に洗濯と掃除。義父が使っていて尿がしみこんでしまった羽布団をやっと洗えた。お天気がいいから乾くだろう。

8月28日 夏ばてか、やたら眠い。すごい眠い。細切れだけどたくさん寝た。なのに、夜もちゃんと眠れた。で、もっと寝ていたいと思う。

8月29日 昼間は暑いけれど、ちょっと秋っぽい?夏もそろそろ終わる準備か。

9月1日 台風12号接近中。今日のうちに買出し。

9月2日 雨は少ないが風強し。

9月4日 台風は過ぎていったが、すごい風。すごい雨。雷も。隣町の川があふれそうなので避難勧告が出たらしい。近所の川もありえないくらいの水位だった模様。高田崇史先生の「毒草師」購入。おもしろかった。

9月5日 台風12号の影響で、和歌山、三重に大きな被害アリ。川があふれて民家が流され死亡者まで・・・。今月の半ばに白浜の方へ実家の両親と旅行へ行く予定だったが、旅館も被害に合いいけそうになく、キャンセルした。

9月7日 下の子、学外研修で東京横浜へ2泊3日の旅行。朝は涼しい。

9月9日 義父、食事前にトイレに誘導するが、食事中に再びトイレへ。臭ってくるので様子を見に行くと間に合わなかったらしく、トイレ中便だらけ。ああ、ビックリ。スリッパもズボンもすごいことに。上の子と連係プレーで片付けるが、その後の食事はおいしくないし、どこへ入ったやら。なのに、義父は認知症なので30分もすればそんな事は忘れてしまっている。

9月10日 先日注文しておいた高田崇史先生の「カンナ」既刊本全巻届く。「QED」より読みやすい。日本史に興味を持つきっかけにもなりそうなので、下の子にすすめてみよう。午前中にカットとカラーリングしてくる。すっきり。キャンセルした旅行だが、父が駄目元で電話をしたら下呂温泉で旅館が取れたので、行き先を変えて行くことに。

Dnypr1 9月14日 良いお天気。暑いくらい。9時半頃出発。道も空いていて快適ドライブ。途中、道の駅などで休憩や買い物しがてら進む。現地へは3時ごろ到着。チェックインできたので部屋でゆっくりしてから温泉へ。いい温泉だったよ。

9月15日 帰り道、日本昭和村へ寄る。広いところだね~~。でも、父がたくさん歩くと疲れると言うので、3分の1くらい見て帰る。元気そうにしていても、無理をすると後で堪えるのだろう。これから先、こんな風な旅行はできず、親子だけの旅行などはこれが最後かもしれない。良い思い出ができ、あちこちに感謝。

9月16日 ここ数日、真夏のように暑い。台風がまた近づいているようだ。

9月17日 義父、定期健診。結局神経内科を受診できずにいたので、次回までにまた受診できなかったら、内科の方で試験的に薬を出してくれる事に。下の子に黒のスーツを買う。

 あちこちでの災害を見るたびに、もし、自分に降りかかってきたらどうだろうと思う。義父を連れて、避難所で何週間も生活なんてできるだろうか。
 ただでさえ、足が悪く、トイレが間に合わなくて何度も失敗しているのに、体育館のような所でトイレも遠くて便器も和式だったりしたら、大変だろうなと思う。今になってそれに気がついた。トイレの準備までしてない。しゃがんで用を足せないのだ、義父は。だめじゃん。考えて用意しておかないと・・・。
 薬も義父だけでなく、私も旦那さんも内服薬が切れたら、ちょっとしたことで症状が悪化してしまうのだから、予備の薬はあるというものの、長引いたりしたらどうするだろうか。
 この地方も大きな地震が連動して起きたら、被害を免れることはないはずだ。どのくらいの規模の災害が起こるか計り知れないが・・・。

 考えても不安が募るだけなので、準備できることは準備して備えるしかない。それにつけても、東日本、東北の避難されている人たち、今回の台風被害に合った人たち、一日も早い復興がなされ、日常を取り戻してほしいと願う。自分にできることは微々たる募金くらいしかないのだが。
 そう言えば、知人のトラックドライバーが和歌山県新宮市まで配達に行った時のこと。知人はガーデニング用の砂利とかレンガをホームセンターに配達する仕事をしている。いつもなら「納品に来ました~」と店へ行くと、受付の人が「遠いとこご苦労さん」と労ってくれるそうだ。9月9日の日に納品に行くと、いつもは店の中にいる担当の人が走って出てきたそうだ。しかし、積荷を確認したとたんにがっかりとした症状で「なんだ、砂利か・・・」とつぶやいていたと言う。水とかカップ麺とかそういうものと期待したんだろうなあと知人は話していた。そうだよね、砂利じゃ、今のところ需要はないよな。

 父の様子は見た目にはあまり変わらないが、体内ではがん細胞と戦いを続けているようだ。一度抗がん剤を投与すると、しばらくは副作用でぐったりして食事も取れなくなる。少し調子が良くなった時に頑張って食べるのだが、1年、2年前と比べたらその量は半分くらいになってしまった気がする。
 とにかく食べられる時に食べられるものをと、ビスケットやおかきや野菜ジュースなど、いつも食べられるようにしてある。果物は食が落ちていても入るので、果物も必須。最近など買い物の内容も主食の食材よりも果物や野菜ジュースの方が多くなっていると言う。
 白血球が足りなくて、予定通りの抗がん剤治療ができないので、不安があるようだ。完全に撲滅する事ができずにいる。
 今回の旅行も、もしかして一緒に親子で行くのは最後かもしれないと思うと、胸に迫るものがあったが、お天気も良かったし温泉も良かったので、ありがたかった。

Photo  義父が同居してから5ヶ月が過ぎようとしている。なんだかんだいって義父もなじんできた。先日も実家へ行った時、旦那さんが「帰るぞ」と言うと、何も言わずに帰る準備をして車に乗り込んでいた。
 ためしに「もう、一人暮らしはできへんやろ?」ときくと「もうできやん」という。「(旦那さんに)怒られたり(私達に)気兼ねしたりしても、皆と一緒がいいでしょ?」ときくと「そうやな、一緒のほうがいいな。」と言う。
 で、仏壇は実家に置きっぱなしなので、せめて義母の写真を持ってきて、毎晩、ご飯さんとお線香をお供えしようと考えた。ついでに?とらにゃんの写真も置いて。こんな感じ。お線香立てではちょっと大げさなので、お友達にもらったお香立てを代用。ちんまりとしてちょうどいいや(^_^)

 そんな感じで、つつがなく?とりとめもなく日常は過ぎていくけれど。何も起こらない平凡な日々がありがたいと思いつつ、この先もこの生活が何とか維持できていければと思う。とにもかくにも感謝感謝の毎日です。

 

 

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2011.08.07

とらにゃん

 とらにゃん、今朝午前7時35分ごろ、旅立ちました。
 皆が起きてくるのを待っていたかのようでした。下の子はサークルの合宿に行っているので居合わせず、旦那さんは出勤なので最後まではいなかったけれど、私と上の子で見送りました。あまり苦しまずに行ったので良かったかな。
 最後まで治療を施してくれた獣医さんにも、とらちゃんのために祈ってくれた皆にも感謝です。
 そして、うちに来てくれて、いろんな癒しや和みや笑顔をいっぱいくれたとらにゃんに感謝です。

 とらにゃん、ありがとう・・・!

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2011.08.02

あれから2週間

 手の施しようのない腫瘍があちこちできていると診断されたとらにゃん。毎日のように点滴に通って、一時は明日は危ないんじゃないかと思われる時期を乗り越え、今日も生きている。
 1週間前には、いつもの量の点滴を吸収できずに、日に日に点滴の量も減っていった。現在60cc。その間、殆ど食べず。飲まず。
 しかしながら、3日ほど前から、ほんの少しだが、食べたいと飲みたいという素振りを見せる。もう、塩分とか脂肪分とか関係なく、ほしがるものをあげていいですよと獣医から言われているので、じゃことかかにカマボコとかちくわとかすきそうなものを並べてみる。
 一番のお気に入りは、はまちとかで作った魚スープ。お酒を入れて、だしの素を少し足して醤油を少々。人間が食べると超薄味で仕上げたスープを一心不乱に飲んでくれる。
 なんか、大好物のはずの市販品よりも、手をかけた「料理」を食べてくれるなんて、とても愛しい。
 毎日、「おはよう」と「お休み」、「行ってきます」と「ただいま」をとらにゃんに言う。いない間に、寝ている間に、お別れが来るかもしれないから必ず。挨拶が大事なのは重々承知だが、本当に大事なのだなあと思う。その重みと愛情を再認識。
 一日も長く一緒に・・・と思うのは、人間だけじゃないんだろう。とらにゃんもそう思っているんだろう。
 あと、どれだけかはわからないけれど。できるだけ長く一緒に暮らしていきたいものだ。

 で、今日はある御仁のお誕生日。朝、覚えていたのだけれど、昼間はすっかり忘れていた。23時半を超えたところで、再び思い出す。まだ、間に合うとつぶやいておいたが・・・。タイムラインに埋もれてしまったらそれまで。気がついてくれたらいいけど。 

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2011.07.24

まだがんばってるよ

 とらにゃん、2、3日前から点滴を吸収できなくなってきて、本数を減らしてもらった。もうほとんど動かずじっとしている。気分が良くないとトイレにも行けないみたい。
 今週初めの頃、獣医さんに「人間で言うところのターミナルケアの時期でしょうか?」と訊ねると、一呼吸置いて「そうですね、そうなりますかね。」と答えてくれた。
 おなかにしこりが見つかってからの治療は延命のためのものでしかなく、病気自体をどうにかするものではなくなっている。
 大好きな缶詰もお刺身も見向きもしない。独り占めしていたまたたびの粉をかけてあげても知らん顔だ。
 今日、点滴してもらいに行ったら、減らした本数分も吸収できなくなっているそうだ。小さな注射を一本。獣医ももう無駄になる治療は控えているのだろう。
 ん~、後どのくらいいてくれるんだろうか。

 先日、夢を見た。高校生くらいの年頃の金色に近い茶色の髪をした男の子。私はその子の世話を一生懸命していたんだよ。その子も懐いてくれて、何かあると私のところにやってきた。ふと気がつくとその子がいなくなっている。代わりに黒い髪の男の子がいて、私は代わりにその子の世話をしていたよ。
 目覚めてから数日はどうしてそんな夢を見たのか不思議だったし、男の子達が誰なのかも見当つかなかったけど。昨日、ふと、「あ、あの子達はうちのにゃんこたちだ」と思った。そうか、とらにゃん、旅立ったら今度は人間に転生するんだ。で、そのあと、残った黒にゃんを大事にしてあげたら、黒にゃんもいつか人間に転生するんだろう。

 あと、どのくらいかわからないけれど、いてくれる間は、大事に愛してあげようと思うよ。

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2011.07.17

今頃わかる・・・

 義父が同居して、まあ、慣れないうちはみんながどこかで気詰まりなものだ。慣れてしまえばどうって言う事ないことも多いけどね。

 一番、気を使うのはやっぱり食事だな。糖尿病もあるし、腎臓の機能も低下したままだから、なんでもいいって言うわけには行かない。それに、退院してからはすっかり体力がなくなって、長時間歩くことができなくなってきたから、外へ出歩く事もデーサービス以外にはほとんどない。だから、食事くらいは好きなものおいしいものを・・・と思うんだよね。

 そこで、困ったと言うか、自分が勝手に困っているのが、休日の食事だ。
 休日は義父の起きる時間がまちまちなので(起こさないといつまでも起きてこない。気がつくと昼前と言う事もよくある。)、食事の時間がずれてしまう事が多い。
 先に義父の分を用意して、でも自分は今食べる時期じゃないって言う時はあとから食べる事になる。

 その時に義父の前で自分だけ食べるのがものすごいストレスを伴う。
 義父はすでに食べ終わっているし、自分が食べるものが全然義父と違うものだったり義父の寄りも贅沢なものなわけではないのだけど。
 時には、鮭のほぐしたものでお茶漬けしてお漬物だけで済ますこともあるのだが、なんというか、義父に出さなかったものを義父の目の前で食べるのが気ずつないのだな。なんと言うことはない後ろめたさが伴うんだ。
 別に、義父と違うものを食べているからと言って、義父は何もいわないと思うけれどね。

 で、思い出すのは今年初めに亡くなった祖母の事だ。
 祖母は朝食と昼食は両親とは別に食べていた。台所の狭いテーブルで、好きな漬物やおかずをいくつか広げてひとり食べていた。
 よく父も母も「こんなところで食べていないで、皆と一緒に食べるか、リビングで食べればいいのに」と言っていたものだ。
 「一人で食べている方が気楽なんだろうなあ」と思いつつ、私も「こんなところで食べてないで、広い所で食べたらいいのに。」と言った事がある。

 義父と同居して、初めて祖母の気持ちがわかる気がする。
 父だって、祖母の食べている物を見て、別に何も言わなかったろう。「俺に出さないものを、おいしそうに食べている」とか「自分ばっかり食べて、俺には食わせない」なんて思ってもいなかったろうし。
 でも、祖母はきっと後ろめたかったのだろう。義理の仲である父が食べ終わった後で、あるいは一緒食べる時に自分ひとり好きなものを食べる事が、なんとなく後ろめたく、気ずつなかったのだと思う。
 だから、一緒に食べるときは、絶対食べないのが分かっていても「これ食べるか?」と訊き、好物と分かっているものは他におかずがあっても、その好物を出していたのだろう。充分に満足に食べてもらわない限り、自分も落ち着いて気にせずに好物を食べる気がしなかったのだろう。

 亡くなった義母も、私達が結婚したての頃は同居していたのだが、二人だけでご飯を食べる機会があると、あるもの全部並べて、「これはおいしいから」「これは珍しいから」「これも食べてごらん」と食べる事をすすめた。
 あれもたぶん、義母が自分ひとり、自分の好物を食べる事に後ろめたいと言うか気ずつない気持ちがあったからなのだろうな。
 私も義母が食べているものを見て、「一人だけおいしそうに」とか「私に食べさせないのに自分ひとり食べて」なんて思ったこともないけれど。その時は、昔の人だから何でもすすめる癖なのかと思っていたけれど。

 そんな風にまだまだその立場になってみないとわからない事がたくさんある。
 卑下するのではなく、過少するのではなく、謙虚にいなければ・・・と思う。
 そして、冷静に平等でいなくては・・・と思う。
 もちろん、そんな風にはぜんぜんできないところの方が多いのだけど。

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2011.07.16

セミが鳴かないよ?

 連日、35度を越える暑さの中・・・暑すぎるからか?セミの声をあまり聞かない。朝方、思い出したように鳴くけど、すぐに鳴きやむような感じがする・・・。???

7月12日 とらにゃん、食欲なし。肉球が白い・・・と言うか黄色っぽい。貧血プラス黄疸か?木曜日、検診だけど、それまで持つかなあ・・・。

7月13日 とらにゃんのために、高カロリーの缶詰買ってくる。何とか食べてくれる。

7月14日 義父のペースメーカーの検査のため、バイト休む。検査は午後からなので先にとらにゃん病院へ。食欲がない胸を告げ、触診してもらうと獣医さんが「なに?なにこれ!」とビックリしたような声でそう言った。先週なかった大き目のしこりがおなかにできているらしい。で、やはり黄疸もひどいそうだ。義父のペースメーカーは元気?に動いているらしい。あと10年は取り替えなくてもいいそう。10年って、あなた92歳になってるだろうに。どうなっているんだろうか。

7月16日 とにゃん、毎日病院。黄疸が引かない。朝から少し食べただけで、後飲まず食わず。夕方にはぐったりしていた。痛いのか苦しいのか時々うなっている。吐き気もあるようだが吐いても胃液しか出ない。トイレも自分で行かない感じ。吐き気止めとビタミン剤と栄養剤を点滴してもらったので、少し持ち直す。

 と、いうことでけっこうにゃんこ週間だった。
 動物は最後まで生きようとするんだな。黄疸が出て、しこりがいっぱいと言われても金曜日までは何とか食べていた。頑張って生きようとしているのなら、家族としてできる限りのことをしなくてはね。まだ、しっかり意識のあるうちにとらにゃんにちゃんと「ありがとう」を言っておこうと、子供たちもそれぞれとらにゃんに話をした。
 そう思いながらも、昨日はさすがに先行きが見えてしまったような気がして、いよいよ本当にそう長くはないと家族で思う。
 下の子が小学校5年生の時に、この子に決めたともらってきた。昼間に本格的に働き出したから、かえってから一人は寂しいだろうともらってきた子。最初は下の子と同等で、下の子はよくとらにゃんにからかわれていた。
 もう一匹ネコが増えてからは、上の子に懐いていろいろ世話をしてもらったり、かわいがってもらっていたよ。
 ふさふさのロングヘアのイケメンにゃんこ。賢くてよくしゃべって、こちらの言う事もよく理解したな。冬の寒い夜、おなかの上や足元で眠るにゃんこが暖かくて幸せだったな。

いっぱいの思い出と幸せをありがとう。とらにゃん。
最後までちゃんと見守っていくよ。
できたら、奇跡の復活を・・・と思うけれどね。

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2011.07.12

今年は夏が早い!

 7月も初旬を過ぎたが、なんだか、もうすでに8月が目の前のような感覚の暑さだにゃあ。あんまり一気に暑くなったから、あせもができてかゆい・・・。

 で、またまたまた、覚書。

6月19日 まだまだ梅雨の時期で雨も多いから、乾燥機を買おうかと電気屋へリサーチしに行く。しかし!そう、最近は洗濯機と乾燥機の一体型が主流となりつつあるので、乾燥機単体と言うのは皆無に等しいのだった・・・。除湿機でプラス洗濯物乾燥もできるよって言うのもあったけど。む~~。

6月21日 義父、デーサービス。帰って来てからか、帰る前か、便を漏らしたようで臭う・・・。トイレに行ったときに確認したらやはり少し漏らしていた。少しだと感覚がわからんのかな・・・。夜、旦那さんとワンコの散歩ロングコースへ行った。ワンコ暑そう(^_^;)

6月22日 朝、リハビリパンツでは足りなかったのか、尿が漏れてシーツやパジャマがぐっしょり・・・。それでも本人、尿と思わず「汗いっぱいかいたなあ」と言っている。汗でも何でもいいから着替えましょうね~と、着替えてもらう。

6月23日 ワンコ脱走!!!義父が玄関を開けた隙に逃げたよう。でも、何故玄関を開けたか、当の義父が覚えていない。ワンコは、隣の駄菓子屋さんに自らお邪魔してお世話になっていた。駄菓子屋のご主人夫妻はワンコ大好きなので、ちゃんとお世話してくれていた。ありがたや~~~。

6月24日 お友達から郵便が届く^^ いろいろ気遣いが詰まっていて嬉し~~~!!!ありがたや~~~^^本当にありがとう。

6月25日 義父、検診。腎臓機能の低下が気になるとの所見。足の運びが非常に悪い事についてはパーキンソン症かもしれないと言われた。他は年齢相応だそう。夏風と熱中症に気をつけてという感じ。

6月26日 町内清掃。あまり暑くなかったので助かった。義父、昨日病院へ行ったせいか、起こしても起きてこず昼まで寝ていた。

6月28日 この日は各電力会社の株主総会があった模様。反原発には企業としてはしない方向なのだな。目の前の利権に頼らず、知恵を出しあって乗り越えて行こうとは思えないのだろうな。

6月29日 友人に頼んであったお守りを送ってくれた。ありがたや~~~。うれしい^^ 

6月30日 USB接続の卓上扇風機を買う。会社で使っているが、意外といい^^

7月1日 今年は節電のため、大手自動車メーカーが木金を休みにして、土日に勤務する事を決定した。なので、木金とスーパーなどの人出が多く、土日は少し少ない気がする。

7月2日 「薔薇と宝塚とキラキラがすき」のブログの管理者の方のご縁で「認知症 家族を救う治療革命」と言う書籍をいただく。頑張って読もう。

7月3日 ワンコを洗う。その後のブラッシングの最中に脱走して、旦那さんが捕まえようとしたらカプッと旦那さんの手をかんだ。痛そう。かわいそう。

7月4日 夜、右目がかゆかった。朝、起きたら、腫れれ上がってしまっていた。どうもこの間から右側が調子悪い。

7月5日 会社の同僚がもう使わないからと、下の子にビーズをくれた。そんなにないだろうと思っていたら、結構しっかり一式あって、びっくり。ありがやた~~。

7月6日 朝、起きたら廊下がびしょぬれ。どうやら義父が朝方トイレに行こうとして尿を漏らした模様。朝から大掃除じゃ。

7月7日 七夕さんだけど。雨降ってるし。とらさん病院。体重4.5キロ。だんだん体重が減っていく・・・。リンパ腫は治まっているけれど、なくなったわけではないので・・・。いつまでそばにいてくれるかなあ・・・。

7月8日 今朝も廊下がびしょぬれ。リハビリパンツはいているのにどうして漏れるんだ。

7月9日 ワンコの狂犬病の注射打ちに行く。うちのワンコはワクチンとかの関係でこの時期にずれてしまっているので、獣医に連れて行くのだ。とらさんを連れて行ったときに、ワンコが旦那さんの手をかんだ話しをしていたので、獣医さんがワンコに「お父さんの手をかんだん?あかんやん。」と話しかけていた。

7月10日 久々に実家へ。父の好きなお肉を持って行くが、相変わらず食が細くて心配。身長177センチ、全盛期は体重75~78キロの大きな体格だったのだが、今は68キロしかない。72キロくらいはないと体が疲れると言っていた。でも、食べられないから太れないとか。祖母の初盆の参りは8月12日。

7月11日 義父、トイレに間に合わず便を漏らす。床から服からスリッパからえらいこと。でも、トイレに入ってからだったので、被害?は最小限。トイレも尿漏れ対策にシートを引いてあったので、それごと取り替えるだけですんだ。上の子がまだいてくれたので大活躍してくれる。若いのに我が子ながらすごい。おかげでとても助かった。でも・・・というか、当の義父は朝、そんな騒動があったことを夕方には忘れてしまっている。

 と、言う感じ。

 義父は、「覚えていられない状態、すぐ忘れてしまう状態」と言う自覚はある様子。でも、自分では昔同様しっかりしていると思っているので、うまく誘導しないとすねてしまう。言葉一つで素直に言う事を聞いてくれたり、自分でしたりしてくれるが、配慮がない一言だと怒ってすねてしまう。その一言が一番多いのが旦那さんだったりするが、まあ、親子だからいいのか?(^_^;)

 実家の両親は、小康状態を保っている感じだ。でも、父はずいぶん痩せてしまって、食も落ちている。一見元気そうだが、昔を知っているだけに、今日このごろの細さにはやはり心配は尽きない。
 母も小康状態だ。物忘れがひどくなってきているが、今のところ、「したこと」は覚えているので、まだ大丈夫か。(認知症になると「したこと」自体を忘れる。)

 とらさんはリンパ腫のせいで貧血になったり、抗がん剤のせいで食べなかったりと、心配だらけだ。毎週、点滴を打ってもらって、薬を飲んでいるので永らえている命だが、それがとらさんにとって幸いなのかどうかはわからない。ただ、家族として、一日でも長くそばにいてほしいと思うだけだ。

 子どもたち。もう、子ども・・・な歳ではないのだけどね(笑)それぞれ、学業に遊びにバイトに頑張っている。上の子は来年4年生になって就職活動やらをしなくてはならない現実にちょっと不安を感じているのか。下の子は大学生活に慣れるのがやっとで、まだまだペース配分をつかめない感じだ。それも後期になればなんとかなるだろう。

 そんなこんなで、相変わらずぼちぼちと過ごしている。暑さのせいか歳のせいか、やたら疲れるけど(^_^;) どうも右側が調子悪いけど。今日は、まあ、平気かな。でも、毎日、本当に眠い。仕事中も眠くてうとうとしてしまう。6時間は寝ているつもりなんだけどなあ。
 こうして入力していても眠くなってくる(^_^;)いかんいかん・・・。

 そうだ、ゴーヤはすくすく伸びてきた。やはり暑いと育つね。小さい実が二つなっていたよ。

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2011.06.19

またまたまとめて・・・

 はっと気がつけば6月も半ばを過ぎている。早いな~。今年ももう半年過ぎてしまう。毎年そう言ってるけど(^_^;)

3月24日 この日義父退院。認知症の上に病院ボケ(笑)でトイレとかいろいろできず。DVDゲド戦記見る。
3月25日 とらにゃん抗がん剤効いてる感じ。義父の家の新聞など断る。夜すごい風。被災地では雪か?大丈夫とも頑張ってとも言いづらく・・・。
3月26日 義父を連れて名古屋の伯父伯母の所へお見舞い。DVDもののけ姫見る。
3月27日 旦那さん、シャワートイレを設置。自分でした。すごい、えらい。実家の両親が来てくれて、成人式の祝いをくれた。ありがたや。
3月29日 とらにゃん腹膜炎。危ない状態再び。がんばれ!義父の介護保険の再申請を依頼。デーサービスの再開も依頼。今のケアマネさんいい人なのに、結婚してやめちゃう。めでたいんだが、残念。
3月31日 とらにゃん、自分で餌を食べトイレも行く。一山超えられるか。旦那さん帰り遅し。早く寝たい・・・。
4月1日 旦那さん今日も帰り遅し。でも明日休みなので映画見る。北野たけしの映画。
4月2日 名古屋の伯母さん転院。その帰り伊勢の叔父さん宅へよる。叔父も認知症進んでいるらしく大変。その後、実家へ。弟が成人式と入学祝をくれた。
4月3日 下の子大学入学式。とらさん峠超えた感じ。
4月5日 義父、久しぶりのデーサービス。とても疲れたらしい。
4月9日 介護保険の調査員さん来る。昼から義父の実家の片付け。
4月10日 久しぶりに喘息発作。ステロイド服用。
4月11日 伯母の病院へ。経過報告聞く。実家の父、入院。抗がん剤投与のため。
4月13日 伯母退院。その後、リハビリ用の病院へ。すごい待たされた。
4月14日 ガス点検アリ。その際、わんこが脱走。町内を徘徊していたらしい(^_^;)無事捕獲。
4月16日 実家の父退院。経過は良さそう。
4月17日 町内のゴキブリ団子つくり。旦那さん行ってくれた。昼、義父を連れて買い物がてら外食。昼から上の子と実家へ。
4月21日 とらにゃん、経過上向き。良かった・・・。ワンコ、ワクチン接種。フィラリアも大丈夫。
4月22日 義父、神経内科受診。ものすごく時間かかる。かかりすぎて他の診察明日になった。CTの結果、3年前より認知症も進んでいると診断。
4月23日 義父、循環器内科受診。入院中の血糖値や栄養価が安定していず、来週も受診。腎臓の機能も低下しているらしい。
4月24日 成人式の写真で来た。実家にも見せに行く。
4月25日 義父、採血だけ。
4月29日 義父の実家片付ける。かーポートの屋根が破れていたので、屋根をはずしたり。
4月30日 義父、循環器内科受診。心臓肥大、肝機能低下が認められるそう。2週間後検診。ゴーヤの棚を作り、苗を植える。今年も繁ってくれるかなあ。
5月3日 実は結婚記念日。23年たったぞ。実家の父が好きなお肉を買って、全員で実家へ。夜、DVDルーキーズと大奥見る。
5月5日 あんまり胃が痛かったので寝る。5時間も寝た。でもスッキリしない。
5月7日 昼から名古屋の叔父の面談。経過報告と今後の計画説明だった。
5月8日 午前11時過ぎくらいに激しい動悸にみまわれ救急車で搬送。胸も背中もすごい痛かった。CT撮ったり造影剤入れたりで大変だったが、2時間弱くらいで発作がおさまる。どうやら自律神経からくる胴性頻脈らしい。全身運動した後のようにだるい。その後数日、あちこち筋肉痛みたいなものに悩まされた。
5月12日 とらにゃん、抗がん剤があわず腫瘍が大きくなっている。薬を変えて様子を見る。 
5月13日 義父検診。経過変わらず。このまま様子見。とらにゃん、薬が効いたようで腫瘍が少し小さくなっている。
5月16日 とらにゃん病院。経過まずまず。
5月17日 えらかったんでバイト休む。この日の朝、祖母の夢と言うか声で「辛いんか?」と聞かれる。辛いんと違うよ、えらいだけやに。と答えた。それでか、実家の母から電話。心配かけたくないので、救急車で運ばれたことは言わず。時々、動悸あり。発作になりそうで怖い。
5月21日 とらにゃん、経過まずまず。腫瘍小さくなっている。貧血気味だそう。
5月22日 実家の両親が家にくる。お肉を買ってきてくれたので、皆で食べる。回転式のモップを買った。ぐりんぐりん足で回すやつ。床掃除楽ちん。
5月26日 義父、今日も尿を漏らす。漏らしているのに毎度の事ながら「自分がそんなことするわけがない」と言い張り、服を着替えようとしないので、旦那さんが怒ってしまった。さすがに堪えたか「老人ホームには行きたくない」(誰もそんなことは言っていないが)と泣いていた。
5月28日 義父検診。経過まずまず。台風2号日本へ接近。お天気悪し。
5月31日 4日ぶりの晴れ。
6月1日 義父尿を漏らす。床や廊下がびしょぬれ。朝から大掃除だった。
6月2日 とらにゃん、病院。抗がん剤投与。貧血気味なので、そちらの点滴も。もう人間と一緒(^_^;)
6月3日 義父、要支援が1から2に上ったので、デーサービス利用が週二回へ。
6月4日 掃除洗濯買い物。トイレの床掃除・・・もういや!夜、喘息発作。動悸も起こりそう。
6月5日 20年使っている羽布団。もう償却していると考え、だめ元で手洗いしてみた。意外とできたぞ。なんかスッキリ。髪の毛カットしてきた。スッキリ。
6月6日 夕方買い物に行こうとして、車ぶつけられる。お互いスピード出ていずに衝撃は少なかったものの、当たり所が悪く右タイヤの軸をやられ全損。怪我なし。
6月7日 知人の飼っているにゃんこが亡くなる。合掌。一晩たって痛いところなし。
6月8日 動悸起こりそうだったので薬服用。
6月11日 昼から上の子と実家へ。父の日用に、父の好きなお肉を持っていく。遅くなったが成人式と入学式のお祝い返しを弟宅へ。両親と買い物に出かけ、上の子スニーカーを母に、ゲームソフトを父に買ってもらっていた。
6月12日 旦那さん、トイレ掃除してくれた。尿漏らし対策にシートの取り付けなど勘考してくれた。
6月15日 旦那さんの知人が生魚をたくさんくれる。はまち、鯛、味など。うろことったりさばいたり。ご飯やお弁当の準備しながらだったので夜中までかかった。でも、お刺身にしたらすっごいおいしかった。感謝。
6月16日 とらにゃん、病院。腫瘍は小さくなってきた。でも、貧血。旦那さん、韓国ドラマのDVD借りてきた。
6月17日 東京から友人夫妻来てくれる。5年ぶりくらい?変わらず元気で嬉しい^^楽しい時間であっという間にお別れだった(T_T)これからもずっと変わらぬ二人でいてほしい。いろいろありがとう^^
6月18日 旦那さん、義父の実家のご近所の法事。義父が起きてこないので昼まで寝かしておいたら、大変な事に。夜、紙おむつで寝なかったのですごい量の尿漏れと低血糖起こしかけて汗びっしょりで、かけ布団も敷き布団も大変な事になってしまった。雨降りで乾かないのに、ひえ~~~って感じ。

で、今日に至る。

 昨日はそんな事で朝から大変だったのだけど、ちょうど旦那さんが帰ってきていて義父をシャワーに入れてくれてスッキリ。
 なのに、昼食中に催したらしく義父はトイレへ。そしたら間に合わず、今度は固形物攻撃だった(^_^;)えらいことなってしまって、再びシャワーへ。ご飯どころじゃなかったよ。
 旦那さんはすっかり疲れてしまって(^_^;)お気の毒だった。

 全損した車は7年落ちだったので、どんなに頑張っても30~35万円しか保険がおりなかった。それも黙って「うん」と言っていたら15万円ほどしか出なかったらしい。
 じゃあ、次はどの車にしようかという事で、なんとBMWがやってきた。と、言っても10年落ちで10万キロ走っているけど(^_^;)半年の車検つきでちょうど保険がおりてきた金額と同じくらい。
 もう少ししたら私が運転するんだけど、なんか笑える。BMWだってさ~~。

 と、いうことで、何だかんだと小さな事件が起こっていますが。とりあえず元気に生きてます(笑) 

最近よく見るサイト。
「介護110番」 http://www.kaigo110.co.jp/ 介護についてのお助けコミュニティみたいな。いろいろな体験談とか考え方を一般の人が掲示板に書いてあるの。とても参考になるし、気分が楽になる。体験談は重みあるよ。頑張ろうって気になるぞ。
「loveちゃんの時計」 http://lovecake55.blog73.fc2.com/ 大正生まれのお母様を介護してる方のブログ。毎日更新していてすごいなあって思う。認知症で他の病気も抱えている高齢者の日常がわかるので、我が家でも参考になります。
「薔薇と宝塚とキラキラが好き」 http://kuririn-web.cocolog-nifty.com/blog/ こちらはレビー小体型認知症のお姑さんを介護されている方のブログ。この方とお姑さんとのやりとり、すごい参考になります。こうした関係になれるよう日々努力が必要なのだろうけれど。

 やっぱり介護系の話題や体験談などは気になる。いろいろな人がいていろいろな家族があっていろいろな葛藤がある。その中でもがきながら皆介護を頑張っているのがよくわかります。
 例え介護者と被介護者の関係が良くとも、書いてある文章の隙間や裏側にある葛藤や苦労が偲ばれる事もしばしば。介護される方もする方も、ゆったりした気分でいられるといいのにと心底思う。
 読んでいてその切なさや悲しさに泣けてくることも多く、こうした人々の癒しや安らぎはどこにあるんだろうと思ったりする。(だから、傾聴ボランティアを志したのだが、実際、時間と気持ちの問題で続けるのは難しい)

 とにかく、共通して思うのは、これだけ認知症や高齢者で病気を患っている人が多いのだから、もっとみんな認知症についてや糖尿病などの成人病について知る事が大事だと思う。
 特に、認知症は介護する側になる人たちが、正しい知識を身に付けて、適切に接すれば、そうしないときと比べて、認知症の人たちの症状が大きく違うことを知るべきだ。
 最初のタイミングを間違うと、手の付けられない状態になり、それが長く続き、良好であった関係さえ壊れ、介護をする側の人の生活や精神も崩壊する。
 そんな時に「病気の本人の方が辛いんですよ。もっと思いやりを持って。」なんていわれた日には、さらに壊れてしまう。
 そうならないために、そういう可能性を減らすために、介護する側もされるだろう側も病気に対する知識を正しく持つことはとても大事に思えるのだけどなあ・・・。

 今日は雨が上っていはいるけど、ドンヨリ曇り。昨日の洗濯物も乾かない状態。今日の洗濯物はどうするんだ。他愛のないことだけど、こんな事が意外とストレス大きくて、気分もどんより。
 梅雨もなくてはならないから文句は言わんが・・・3日に1日くらいは晴れておくれ~~~!で、その日は仕事休んで洗濯してもいいってことにしてくれ~~~!

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2011.03.24

とらにゃん

 去年のゴールデンウィークに悪性リンパ腫と診断され、余命半年と言われたとらにゃん。抗がん剤やステロイド剤が功を奏し、もうすぐ1年。
 今週初めくらいから、急に食欲をなくし、元気なし。これはいかん!と獣医に連れて行くといつもの獣医さんお休みで、紹介してもらった獣医さんに診てもらう。
 すると、危機的な貧血状態で、命の保証がない・・・くらいの勢いで言われてしまった。リンパ腫と診断されて約一年も生き延びているのは奇跡に近いと。
 いや、奇跡はどうでもいいから、とらにゃん、助かるのか?

 点滴してもらって、ステロイド剤投与してもらって、一晩様子見。翌日、いつもの獣医さんに連れて行くと、前日の処方が効いて、危機的貧血状態を少し脱出。重篤な状態ではあるけれど、峠は越したかも・・・な感じ。

 で、一日置いて、今日、再び診察へ。
 院長先生の診立てでは、股関節のリンパ節に腫瘍があるそう。静脈の周りに腫瘍があるので、症状としてはとても困った状態らしい。
 しばらく抗がん剤投与をして、点滴を続ける事に決まった。

 今日は帰ってから、久しぶりに餌をねだった。お刺身を一切れ、缶詰を一匙。いいぞ、とらにゃん。大丈夫。大丈夫。
 みんなで応援しているよ。皆で祈っているから。大丈夫。

 で、なかなか日記を書けないので、最近ツイッターでぼそっとつぶやいていたりする。でも、アカウントとってない人は見られないと思うので、ちょこっと貼り付けてみた。近況報告、これですること多いかも。

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2011.03.13

いろいろまとめて・・・

 年が明けてから全然更新していないブログですが・・・(^_^;)まあ、いろいろアリまして。冷静に書けないので放置していました。
 とりあえず、年明けからあった出来事を・・・

1月 8日 祖母他界享年90歳
1月 9日 祖母 通夜
1月10日 祖母 葬儀
1月17日 雪がたくさん積もりました
1月27日 義父検診 
1月31日 義母命日
2月 2日 DVD「カイジ」見る
2月 3日 DVD「エアポート」見る
2月12日 子ども達と買い物 入学用の雑貨など買う
2月13日 ドライブ 
2月14日 昼から雪 けっこう積もる
2月15日 DVD「ダヴィンチ・コード」みる
2月17日 上の子が義父を床屋へ連れて行ってくれる
2月18日 下の子バイト始める
2月19日 祖母49日
2月21日 整形外科受診 異常なし この日NZで大地震
2月22日 DVD「アバター」見る
2月25日 ナルニア物語第2章 テレビにて
2月26日 名古屋の叔母 地下鉄にて転倒骨折のため入院
2月28日 叔母の入院手続きなど
3月 1日 下の子卒業式 旦那さん誕生日
3月 2日 叔母の病状を聞きに名古屋へ
3月 3日 DVD「嫌われ松子の一生」見る
3月 4日 DVD「おとうと」見る
3月 6日 叔父の養護施設に行く その後叔母の病院へ
3月 8日 義父の薬を取りに行く 少し声が変?
3月 9日 義父椅子から滑り落ちたらしくずっと座りっぱなし たんの切れが悪そう
3月10日 義父デーサービス中高熱出す すぐに病院へ行ったら肺炎と診断され即入院
3月11日 午後2時46分三陸沖でM8.8の大地震 東京も震度5 なかなか電話が繋がらなかったが、夜友人夫婦の無事を確認 ツイッター上で水戸の友人の安否も確認
3月12日 弟家族が義父を見舞ってくれる 叔母の病院で今後の治療計画を相談 

で、今日に至る・・・と。

 個々に書くといろいろあるので、今日ははしょります(^_^;) また、書くかもしれないけど・・・。書けないかもしれない。
 とりあえず、地震が起こってからテレビはどこをつけても地震のニュース。民放もコマーシャルをいれずに放映している。
 ものすごい規模の地震で、見たことのない映像が次々映し出され、胸が痛い。
 ツイッターやSNSでも被災者や被災地の事を思い、いろいろな情報が飛び交っている。
 余震もすごい回数で、それも大きい。そのうち、東海や西日本でも大きな地震が来るのだろうか。東海沖で地震が起きたら、東日本を襲った津波と同じような事が身近で起こる。考えるだけで怖い。千葉で起きた製油所の火災と同じような事が身近で起こる可能性も高い。心配だ。

 私には資格もキャリアも財力もないから、被災地のためにできる具体的なことは何一つない。だから、日常をしっかりと全うしよう。
 電力不足だから、関西電力や中部電力が東日本に電力を送るという。ならば、無駄な電気を使わないよう節電しよう。直接の被災地への支援にならなくとも、限りある資源を、必要なところで使ってほしい。
 スーパーへ行ったら、被災地向けの募金が始まっていた。微々たる金額であっても、募金しよう。
 へたに自粛せず、使うべきところにはきっちりお金を使おう。回りまわって日本の経済向上のために少しでも役立つよう。

 そして、祈ろう。
 少しでも早く事態が収束しますように。
 一人でも多く、助かる人がいますように。
 残念ながら亡くなった人たちが安らかにいられますように。
 被災地へ向かった支援チームや団体の人たちが無事に任務を全うし、家族の元に帰れますように。

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2010.12.31

2010年 今年もお世話になりました

今年もあと少し。

書いている間に新年が明けそうです。

祖母は小康状態のまま病院でお正月を迎えます。
年末に腸閉塞で入院した父は、昨日退院して来ました。
今日は義父が我が家に泊りに来ています。

何かとありましたが、何とか無事に皆が新年を迎えることができそうで、感謝感謝です。
来年は、下の子も大学生。上の子も20歳になります。
時の経つのは早いと申しますが、本当に・・・。
来年も自分のベストを尽くして、生きていこうと思います。

今年もいろいろとお世話になりました。ありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。
みなさま、良いお年をお迎えください。

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2010.12.23

なんとも忙しく・・・

 ご無沙汰してます。

 ブログもほったらかしの毎日です。
 余裕のある時とまったく余裕のない時が、波のようにどんぶらこな毎日です。

 祖母はもういつ果てるかもしれない毎日を病院で過ごしています。
 母は祖母の看護のため、毎日病院に泊っています。
 先日は、父が腸閉塞で入院。びっくりしました。
 でも、弟家族が一生懸命に気を使って協力してくれているので、ありがたいやら助かるやら。
 義父は元気ですが、認知症が徐々に進み、物忘れの多い日々です。
 下の子は無事、進学先が決まりました。服飾系のコースがある大学です。これから4年、勉強も遊びもいろいろなこと一杯経験してもらいたいです。ただいま、自動車学校へ通学中。
 上の子は、年が明けたら成人式。市で行う式典には出席しない予定ですが、誕生日までに振袖着て写真くらい撮らないとね。
 旦那さんは、仕事が超絶忙しく、夜9時前に帰ってきたためしがありません。身体を大切にして、がんばってほしいです。最近、自転車を買って、3日に一度くらい30分ほど、夜の街を走りに行きます。気分転換になるみたい。
 ワンコと黒にゃんこは元気。
 とらにゃん、リンパ腫は薬が効いてずいぶん落ち着いています。たぶん、薬を飲まないとダメなのでしょうけれど、今のところは一ヶ月に一度の検診で住んでいます。

 私は、とりあえず元気です。時々は「ほえ~、疲れた~」ってなりますが、手抜きできるところは手を抜いてマイペースを貫いてます。

 ブログの更新はなかなかできないので、時々、ツイッターでつぶやいてます。ミクシィのボイスに連動するようになっていますので、どちらか見られる人はチェックしてみてください。

 明日はクリスマスイブですね。
 キリスト教徒ではないですが、この日くらいは、世界が平和でありますように・・・
 

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2010.08.15

お盆でございます

 お盆・・・といっても特別何もしないらしい旦那さん側の実家。
 お盆だからと迎え火も送り火も焚きませんし、よく見かける茄子やきゅうりの動物さんもいません。お花を飾って、何がしかのお供えをして、家族全員でお経をあげるだけです。お墓もまだ建てていないので、実家の仏壇に参るだけでした。

 8月15日は終戦の日でもあります。それで・・・と言うわけではないのですが、旦那さんが戦争を題材にした映画を何本か借りてきました。
 どれも映画とはいえ、史実に基づいて作られたもの。こういう事実が、事実に近い事が65年前に実際にあったのだと思うと、見ているのがとても辛かったです。
 敵とか味方・・・とかではなく、人類はこうした事実の上で今の「幸せ」を謳歌しているのだと言う事を忘れてはならないと思います。
 そして、だからこそ、二度と戦争を起こしてはいけないと思うし、今現在どこかで行われている戦いが一刻も早く終わる事を願わずにいられません。
 子ども達にはすでに「歴史」となりつつあるあの戦争。私達が親から祖父母から伝え聞いた最後の世代かもしれません。そうであるならば、私達は子ども達に「戦争はいけない」ということを確実に伝えなければなりません。そして、誰が悪いとかどれが原因とか、そういう議論とは別に、「戦争はいけない」と言う思いを全世界共通の思いにしなければならない。そんな思いを新たにしました。かと言って何ができる・・・と言うわけではありませんが・・・。せめて、我が子には思いを託していきたいものです。

 覚書。
 とらにゃん。
 薬が効いてるようで、若い頃の元気さはないものの、ずいぶんと落ち着いた日常です。食欲もあるようだし、特に元気がないという感じではないのでホッとしています。

 祖母。
 このごろは一日の半分くらい横になって過ごしています。3時間起きて1時間眠って・・・みたいなリズムです。
 それでも寝てばかりいると本当に動けなくなってしまうので、なるべく外へ連れて行くよう母は頑張っているようです。

 義父。
 二ヶ月ほど前、義父がいつも飲んでいる発泡酒と同じ銘柄でアルコール0%の商品が発売されました。どれだけ言っても飲む本数が減らないので、何も言わないで発泡酒を止めて、アルコール0%の方を買ってくるようにしました。
 義父には「これはカロリー0%のだから」と説明して、それを冷蔵庫に入れておいたら、意外に気付かずそれで満足しているようです。
 アルコール0%にして一ヶ月、ぽんぽんに浮腫んではれていた両足が、元通りに戻ってきました。やっぱりあのむくみはアルコールのせいだったのか・・・。

 自分。
 6月に頻脈を起こした後、しばらくしてから「命の母A」という薬を飲み始めました。昔からある更年期障害に効き目があるという薬です。朝昼晩と飲むよう書いてありましたが、朝晩だけ飲んでいます。
 漢方を主としているのでいいかなと思って飲み始めて約二ヶ月。ずいぶんとめまいなどが緩和されました。時々動悸は起こりますが、それも一瞬の事ですぐに治まるし。あれほどめまいで気持ち悪かったのが嘘みたいにスッキリした感じです。
 去年あたりから、あちらが治ればこちらが悪くなる・・・みたいな状態が続いているのですが、今も皮膚炎はまだ完全に治っていない感じです。でも、それ以外はぼちぼちかな・・・?

 今年の夏は変な夏ですね。
 でも、この間の台風の影響でたくさん降った雨のせいか、ゴーヤがいきなり育ちました。8月の初めはまだまばらだった蔓というか葉が、わさわさと生い茂ってきれいに緑のカーテンを作ってくれています。
 ここ数日はなんだかじっとりと蒸し暑い日が続いています。エアコンも使いすぎはよくないと思いつつ、湿気で体力を奪われたり汗もがひどくなるのがイヤで、わりと早い時間から使っています。電気代が怖い(笑)
 同じ暑いでも、じとじと暑いよりも、カーッとした夏らしい暑さのほうがいいなあ。

 まだまだ暑いようですので、みなさん身体に気をつけて、暑さをしのいでお過ごしください。
 

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2010.06.18

梅雨ですにゃあ

 やっと入梅・・・で、梅雨らしい雨降りが多い日が続いてます。
 雨が降って、晴れて、また雨が降る。そんな日が続くと、今年も植えたゴーヤの苗がすくすく育つのがわかります。ゴールデンウィーク頃に植えたのですが、涼しかったせいか、今ひとつ育ちが良くなかったのですが、ここ数日のお天気に元気いっぱい、一斉に伸び始めました。
 こうやって、稲も作物も、育っていくんでしょうね。雨が続くのはうっとおしいような気もしますが、やっぱり日本には梅雨も必要と、身近なところで実感した次第です。

 さて。

 とらにゃん。
 抗がん剤治療も2クール目を迎えましたが、薬がよく効いたようです。一番最初にエコーで見たときと比べたら腫瘍の大きさは半分くらいになっていました。
 飲み薬はステロイド。これがなんと私が喘息発作を起こした時に飲む薬と同じ(^_^;) うにゅー、私で一日三回一度に2錠。とらにゃんは一日一回1錠。それでも、猫の体重というか大きさを見るとかなりの分量な気がします。
 食欲が落ち、体重は減ったものの幸いな事にげぼげぼ吐いたりとかまったく食べないということはなく、今のところは元気に(見える)過ごしてくれています。

 あきみちゃんちのゆきちゃん
 この間、とうとうお空に還っていきました。私はゆきちゃんとは直接あったことはないけれどブログで写真を見たり、話を聴くので、とっても知っている気がしていたのだけど。たくさん頑張って、たくさん愛情をふりまいて、お星様になりました。
 本当に動物と言うのはいとおしい。こちらの気持ちに正直に反応したり、思いもよらぬ仕草や行動で癒してくれる。
 飼い主に精一杯の愛情を示してくれるのですねえ・・・。その愛情に応えられる人間でなければ・・・と思います。
 ゆきちゃん、やすらかに・・・。合掌。

 祖母。
 6月の初めに、奈良からおばさんが来てくれました。おばさんは84歳になる祖母の実の妹です。昔から仲が良く、うちの家族も家族ぐるみでおばさんの家に良く遊びにいったものでした。
 3日ほど泊っていってくれて、祖母も今では一番心安い姉妹だけに楽しかったようです。昼夜を問わず、昔話に花を咲かせたり、互いの愚痴を言いあったりしていたみたい。
 帰っていく日に久しぶりなのでわたしも会いに行きました。ずいぶんと年はとったし、耳も遠くなったけど、まだまだ元気そうでした。
 息子夫婦が迎えに来てくれて、帰って行きました。帰り際、「姉ちゃん、体大事にな。」「よく来てくれたなあ、あんたも元気で。」と、祖母とおばさんは泣きながら抱き合っていました。
 もしかしたら、今生ではこれが最後かも・・・と思うのでしょう・・・。おばさんは母や私や弟のお嫁さんにも「姉ちゃんをよろしく頼むな。」と重ね重ね言って帰って行きましたよ。
 そして、祖母は嬉しかった反面よほど疲れたのか、翌日から寝込んでしまいました。微熱が出て食欲がなくって、でも風邪のようではないので、本当に疲れたのでしょうね。
 10日ほどたっても芳しくなかったので、病院へ行ったらひどい貧血状態になっているといわれ、輸血したそうです。
 そのおかげで少しは元気が戻ったようですが、やはり、歳には勝てないんでしょうね・・・・。

 父。
 抗がん剤、放射線治療の影響か、はたまた動ける時に動こうと無理したせいか、右足が痛むそうです。
 調べてもらったら、背骨がずいぶん縮んでいて、それが神経に障るので足が痛むらしい。ヘタしたら、車椅子になってしまうので、無理せず養生が肝心です。

 義父。
 一人で頑張ってくれるのは助かるのだけれど、暑くなるとお茶代わりと言って発泡酒をたくさん飲むので閉口します。
一日、4~5本くらい飲んでしまうのです。で、自覚なし・・・ときた・・・。
 缶が一日に5本くらい捨ててあるので、「こんなに飲んだの?」というと「そんなに飲んでへんぞ。誰かが飲んだんと違うか?」と平気で言います。
 まあ、飲むのは百歩譲るとしても、発泡酒を飲むので、おなかがすかない。だからご飯を食べない。ご飯を食べないから薬を飲まない・・・という、恐怖の悪循環。
 さらに、いくら肝臓の強い義父でも一日4本も5本も飲んだら、身体に毒だろうと思うのです。
 昨日の検診に旦那さんが付いていって、医師からアルコールを控えるよう強く言ってくれと頼んで、義父に懇々と言ってもらいました。覚えていて、控えてくれたらいいけどなあ・・・。
 この夏、飲みすぎて、栄養失調とか脱水症状とか低血糖とかで倒れないか、すごく心配です。

 自分。
 どうも年齢のせいか、ふわふわとめまいが多いです。動悸もあったりして、とっても疲れたりします。
 喘息は幸い大きな発作はここ1年くらいなく、安定してますが、冬には乾燥性皮膚炎にもなってかなり辛かったし。
 血液検査の結果も特に悪い所はなく、めまいと頭痛も治まらないので頭部CTを撮ってもらいましたが脳にも耳にも異常なし。
 ホルモンバランスがよくないんだろうなあ・・・と言う感じです。
 で、16日の水曜日の話ですが、運転中にものすごい動悸とひん脈に見舞われました。治まりそうになかったので、通りかかったコンビニの駐車場で様子を見ることに。5分ほどたっても治まるどころか心臓がガンガン動いています。心音が聞こえる気がするくらい。
 義母が亡くなった夜のような感じです。そのうち心臓が痛くなってきて、背中も痛み始めました。このまま行けばあの時のように七転八倒すると思い、2年前の薬でしたが、頻脈のときに飲むようにと処方されたサンリズムという薬を飲みました。
 30分もすれば効くのだろうけれど、その時はもう背中も痛くて、こらえるのに体中に力がはいるような状態。こんな事くらいで・・・と思いつつ、救急に電話をしたら、万が一があってはいけないから出動しますと、救急車が来てくれました。
 ひゃ~~、自分が救急車のるの初めてだ~~と思いつつ、到着を待っていると5分もしないうちに到着してくれました。救急車に移動してすぐに心電図と脈を取ってもらいます。普段の倍くらいの脈拍です。
 でも、救急車内で10分ほど安静にしていたら、薬も効いてきたのかひん脈が治まってきました。自分の感覚では大丈夫そうでしたが、念のため、かかりつけの病院でいいから診察してもらった方が良いと、救急車で病院まで連れて行ってもらって。病院に着いた頃にはずいぶんと落ち着いていたのですが、着いてすぐに病院で心電図をとってもらったら、脈拍はまだ100以上ありました。(安静時は60~70くらい)まだ戻ってないという事で30分くらい横になってやっとこいつもの脈拍に。
 心電図を見ると、心筋梗塞や不整脈の所見は見当たらないそうで、緊急な事態ではないとのこと。まずはホット一息。
 多分、薬が効いたのだろうという事で、同じ薬を処方され、しばらく休んでいるように言われました。で、その日から今週いっぱいはバイトもお休みさせてもらっています。
 たぶん、いつもの倍以上の速さで心臓が動いたから、耐え切れずに筋肉が悲鳴を上げてそれが痛みに感じたのでは・・・と想像してます。
 そのせいか、翌日は動悸や頻脈はなかったのけれど、胸の筋肉が痛かったです。今日は平気。昨日はまだちょっと時々胸の辺りがざわざわしたけれど、今日は大丈夫な感じです。
 いやあ、無理はきかない年齢になってきました。情けない気もしますが・・・ゆっくりぼちぼちしないとだめなんだろうなあ・・・。

 そんなことで、なにかと慌しい日が続いています(^_^;)
 今年は下の子が受験の年で、子どもはそれなりにプレッシャーがあって、ピリピリしてる時もアリ。上の子は、大学2年で、いろんなイベント実行委員会に参加してばたばたしてます。
 旦那さんも相変わらず毎晩帰りは早くなく、遅いと10時過ぎたりして。まあ、そんな時期なんでしょうねえ・・・。
 それぞれが健康一番に頑張らないと・・・とつくづく思います。

 友人達も同じ年頃。無理せずぼちぼち、身体に気をつけながら過ごしてほしいなあと思っています。

 
 

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2010.05.02

なんと・・・

 もう三月じゃん、と書いていたら、なんともう5月じゃん。

 先月は終わりがけに義父がペースメーカーの電池交換のために5日ほど入院。特に大きなこともなく無事終わって行ったのでよかったけれどね。
 父は抗がん剤治療の影響で、体中に湿疹ができて、右手がしびれている。冷たくて寒いからこんな季節でも手袋しているよ。
 祖母は体の方はぼちぼちみたいだけれど、物忘れが激しくなって、ちょっと落ち込み気味みたい。
 そんな父と祖母の世話をする母も時々はストレスがたまるのか、やけに短気だったりする。

 まあ、毎日をコツコツと生きるしかないのだな。

 さて、茶とらにゃんこが3日前から具合が悪く部屋のすまっこでうずくまり何も食べない。一日たっても様子が治らないので、昨日獣医さんへ連れて行った。
 そうしたら黄疸が出ているからと点滴を打って、血液検査。今朝、再度病院へ行ったらどうも腫瘍があるようだからとエコーを撮る。
 肝臓とその周辺の内臓に黒い腫瘍がたくさんあった。人間で言うところの悪性リンパ腫だそうだ。リンパ腫になる原因としては何種類かあるのだそうだが、うちの子の場合は遺伝的なものだろうって。
 気付かずこのままほっておいたら2、3日で死んでいたそうだ。人間のように抗がん剤治療もできるけれど、そうしたところで全快はする事がないし、もって半年から1年。抗がん剤治療も一ヶ月くらいかかるし、やっぱり副作用が大きいので頑張れずに治療中に死んじゃう子もいるとか。
 ステロイド剤治療で半年くらいもつ子もいるし、ステロイド剤治療は一週間ですむので経済的にも大きな負担はないから、まずはそちらの治療をしましょうということで、茶とらにゃんこは通院することになった。

 今日は、昨日に引き続きの点滴でちょっと食欲も出て、さっき缶詰を食べていたけど、あとどれくらい生きてくれるかなあ・・・。
 「人間と一緒で苦しんだり、痛かったりするんですか?」と聞いたら、「最後は苦しいでしょうけれど、多分、そんなに苦しいそぶりは見せず、元気がないなあと思っていたら2、3日後になくなる・・・と言うケースが多いですから・・・。」と答えてくれた。
 動物が先に逝くのは承知の上だから覚悟もあるけれど、急なお別れと苦しいお別れは辛いから・・・。精一杯生きて、安らかに眠ってほしいなあ・・・。

 

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2010.03.07

あれ?もう三月じゃん・・・

 と、言う事で、気がつけば三月も第一週を終わろうとしています。早い、早すぎるよベイビー。年明けて、これで4分の一が過ぎようとしているんだ~~。と、毎年そんなこと言ってます。

 で、にゃんこの縄跳びから2週間かよ。忘れないうちにばらばらっと書いておこう。

 祖母の事
 最近、毎週土曜日に顔を見に行っている。抗がん剤を飲むとやはり副作用があるのか、とたんに元気がない模様。疲れやすいのか気がついたら眠っている。で、眠っているからお腹も減らず食欲がないみたい。
 でもってやはり薬のせいなのか、やる気が出ない状態になるようで、それがまた気分がふさぐ原因になってしまうと言う悪循環。
 素人ではどうにもできないので、頻繁に顔を見に行って話をするくらいしかない。

 父のこと
 しばらく体力を蓄えていた父は、また週末だけ仕事に出かけていた。けれど、こちらもやはり抗がん剤の影響で、左腕にひどい湿疹ができていた。かゆいとかはあまりないらしいが、こすれたり物が当たったりしたときにできた摩擦でジンマシンのような状態になり、小さな水ぶくれができたりする。それが洋服やタオルでこすれると破れてただれたような状態になるらしい。
 それが原因で痛かったりしびれたりするので、今週は家でじっとしているといっていた。そしてまた、じっとしているからお腹減らなくて食欲わかないとか・・・。

 母のこと
 母も糖尿病やら乳癌の治療(乳癌の方は今のところ小康状態なので検診のみだが)やらで、自分の薬の管理とか体調管理をちゃんとしなくちゃ・・・なんだけど、祖母や父の状態が落ち着かないから何かと大変そうだ。
 お嫁さんも気遣ってくれてはいるようだが、上の子が高校受験、下の子もサッカーや陸上の少年団に入っていて忙しいので、大事でない限りヘルプの要請はしないようだ。まあ、お嫁さんも、母がまだそれなりにしっかり面倒見ているのでどこから手を差し伸べてよいのかどこまで手伝えばいいのか計りかねているのだろうと思う。
 週末だけだが私が顔を出すと、いろいろ話をしたり、ちょっとしたショッピングセンターに一緒に買い物に行くのだけど、ストレスのプチ解消にはなっているようだ。

 義父のこと
 相変わらず・・・と言うか、一人で頑張っている。最近はうちへもあまり来ずに、こちらから毎日夕食を届けに行くのと、週末家族全員で食事にいったり買い物にいったりする事が多い。
 脚がおぼつかないので、ごみ捨てとか重い買い物は段々できなくなってきて、不便も多いと思うけれど。昼間はどこにいても一人でいることになるので同じ一人なら、自分の家のほうがいいと、一人暮らしを頑張っている。
 今のところ大きく病状の変化はないし、実家にいるのも「家を守る」と言う事が生きがいとなっているのなら、無理やりそこから引き離す事もはばかられて現状を維持している。
 できることなら、このまま自分のことは自分でして、助けをもらいながらでも自分のしたいようにして、ある日ぽっくり逝きました・・・と、義父は思っているようだ。
 本当に、苦しまず痛みもなく怒りもなく、人生を全うしてほしいと思う。

 子供たちのこと
 上の子は大学1年を終えようとしているが、それなりに勉強もサークル活動もしていたようでまずまずの一年だったようだ。楽しい事が多い方が良いけれど、悪くなければそれでいいと思う。
 下の子はゆっくり過ごせる2年生の終わりを前にして、三年生になることに漠然とした不安を感じている模様。何せ、これ!といった将来へのビジョンがないので、カッコたる目標が見えてこないのだろう。
 二人とも今頃になって反抗期と言うか思春期なので、親への対応が日によって違うので疲れる(^_^;) 

 にゃんことわんこのこと
 にゃんこたちはうちに来て6年と7年なので、人間で言うとちょうど私や旦那さんと一緒の年齢。段々ガタが来始める?(^_^;) チョット前に比べると眠っている事が段々多くなってきたけれど、まだまだ遊ぶとじゃれてくるよ。でも、そろそろ栄養面とか意識していかないと・・・みたいな時期にさしかかりつつあるね。
 ワンコは丸二年。まだまだ若い。子どもと一緒でかまってあげないとすねる。雨が続いて散歩に行けない日が続くとすねている。かわいそうなので、室内でボール投げ遊び。かまってもらうとご機嫌。

 友人達の事
 なかなか連絡取れずに遊べないけれど、ブログを見ていると、元気そうにしていて一安心。
 中には病気がすぐれず、頑張ってもなかなか良い結果が出ずにつらい思いをしている人もいるが、ここは焦らずこらえてほしい。
 三月の初めに手術をした友人はどうやら無事に終わった模様。ゆっくり休んで養生してもらいたい。
 子ども繋がりな友人達とは、ここ数年まったく連絡なし。共通の話題や悩みがあれば、身近な知人は頼りだったが、環境が変わり状況が変わった時に連絡ないのは、私も相手もそれだけの付き合いだったと言う事。それはそれでよい。

 ボランティアの事
 祖母や両親の入院を機に、傾聴ボランティアはお休みさせてもらっている。先日、近所のショッピングセンターで「ボランティア祭り」なるものがあって、それには顔を出してきた。祭り・・・と言うよりは、市内のボランティア活動しているグループの啓発と言うか啓蒙活動の一環で、一般の市民に「ボランティアってこんな事」とか「こんな活動をしています」とか、そういうのを知ってもらうイベントだった。
 ちょうど私が行ったときに、興味を持って話を聞きに来た方がいらっしゃったので、体験談を話させてもらった。少しだけど協力できたかな。
 今のところ、ボランティアとして外への活動はできないけれど、毎週祖母の顔を見て話を聴いてくるからそれを会話記録として残そうかなあと、代表の人に言うと「それはいいこと。それでいいし、簡単でいいから残して行っては?」といってくれた。
 肉親との傾聴はなかなかできないし、記録にもないから、少しのことでも形にあれば、誰かの励みになったり参考になったりすることもあるだろうし、自分自身の成長や癒しに繋がると思うからと、代表は言ってくれた。
 時間が取りにくいので、ちゃんとは書けないかもしれないが、印象深かったものだけでも書いておこうかな。

 そんなわけで、毎日、あっ!と言う間に過ぎていくのだけれど、まあまあ平凡に波風たたずに過ごせている事に感謝。
 たまにはどこかに遊びに行きたいけどね(^_^;) ここは我慢のしどころです。頑張っていきましょ~~~!
 

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2010.02.18

にゃんこよ~~

 先日、テレビを見ていたら・・・。そう、縄跳びしながらクイズに答えていく、島田紳介司会の番組で。テレビの前に陣取るとらさん。ジャマやん!と思っていたら、こんなことしてました。

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2010.02.15

バレンタインデー

 今年はバレンタインデーは日曜日だったので、義理チョコしなくて良かった・・・って人も多かったのでは?同じように、ホワイトデーに義理お返ししなくていいから良かった・・・って人も多いと思う(^_^;)
 去年、蒼穹さんが旅立っちゃったから今年はチョコの数が一つ少ない・・・。とは言うものの、蒼穹さんは晩年、甘いものを食べてはいけなかったから送るのもチョコじゃなかったけどね。

Dscf0892  お友達から私にも旦那さんにもチョコレートを送っていただきました。
 バルタン聖人の・・・じゃない、バルタン星人のパッケージで中身がウルトラ兄弟のチョコや、手作りのチョコやお菓子。まるで落雁のような型抜きのチョコなどなど・・・。
 どれもこれもおいしかったです^^
手作りのチョコは旦那さんも大絶賛。まろやかでクリーミーなチョコでした。

 さて、皮膚炎のほうですが、一向に改善いたしませぬ(ノ_-。)昨日はかゆさのあまり寝不足だったので、医者に行きついでにバイトを休みました。
 塗り薬と飲み薬を処方されて帰ってきましたよ。早く治るといいなあ・・・。ついでに、眼科へコンタクトを買いに、内科へ喘息のお薬をもらいに行ってきて、銀行や郵便局も行ってきて、ちょっと用事が片付いた感じです。なのに、ひとつ郵便を持って行き忘れた・・・水戸行きの郵便はまた明日出します。

 前回の日記に、胃が調子悪かった時にいたわりも労いもしなかったから逆襲にあってかゆいのでは・・・なんて、半ば冗談で書いたのですが、昨日もあんまりかゆいので何が原因でこんなにかゆいのよ・・・と考えてふと思いついたことがあります。
 まあ、それは絶対に思い込みって感じのことですが、父と祖母が抗がん剤治療をしています。出る人は副作用がとてもひどく辛いそうです。父は元々アレルギー体質だし、祖母も咳アレルギーみたいなものを持っています。
 もしかしたら、かゆみは父や祖母に出る副作用の一部なんじゃないか?とか思いついたんですよ。
 もしそうなら、こんなかゆいの、90歳になる祖母には酷だし、かゆさで眠れないくらいなんだから父にも良くないに決まってる。私が一部肩代わりする事で、二人の負担が少しでも少なくなるんなら、このかゆみもありがたいなあ・・・なんて思ったりしたのでした。

 本当にこれは思い込み・・・なわけでしょうけれど、なんと言いますか、そう思いついたら自然に出た言葉が「南無阿弥陀仏」でした。不思議ですがねえ。ぽんと頭に思いついたと言うか入ってきたというか。

「南無阿弥陀仏」

 心からそう唱え、実践するには程遠い私ですが「南無阿弥陀仏」と口にする事で、自分だけがつらいのではない、自分だけが苦しいのではない、と頑張る気持ちがわいてきます。
 変な思い付きだなあと自分でも思うんですけどね。でも、まあ、そんな風に思ったわけでありました。

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2010.02.10

早く治ってほしいにゃあ・・・

 秋の終わり頃、脚にアレルギーっぽい皮膚炎ができて。両足全体に赤いポツポツができていてかゆかった。皮膚科に行ったらアレルギーですねって言われて、保湿クリーム出してもらって。喘息の関係でアレルギーの薬は飲んでいるからその保湿クリームだけで。
 でも、夜眠れないよ~~と内科へ行った時に言ったら「じゃあ、もう一つアレルギーの薬出してあげるよ。1週間だけ飲んでみて。」と薬をくれた。その時は、薬を一週間飲んで治ったんだけどね。

 年末頃、お尻というか腰というかお腹というか、まあそのあたりがかゆくてかゆくて。今度は赤くなっていて。年明けを待って皮膚科へ行くと乾燥性皮膚炎だねって言われて、アレルギーの薬と軟膏をくれた。1週間ほど薬を飲んで軟膏を塗っていたら治まった。

 でも、また、先月の終わりくらいからぶり返して・・・。眠っているうちもかゆくてかいているらしい。朝起きると真っ赤になっている。今は、特に薬も飲んでなくて、塗ってもない。だからかゆい。すごくかゆい。眠れないくらいかゆい日もある。
 さすがにくっきりはっきりかゆいところが真っ赤なので、週末に皮膚科へ行こうと思っているけど・・・。(なぜか、近所の皮膚科の病院は水曜日が休みなのね。ふつーの病院は木曜日だけどさ。)

 で、今日、何気にネットサーフィンしていたら、皮膚炎について書いているブログがあって、その人はいわゆるアトピーって言われる皮膚炎でずいぶん苦しんだらしく、いろいろと自分でも勉強して、そのこととかも書いてあった。
 その人曰くだけど、皮膚炎って言うのは、やけどとか引っかき傷とか虫刺されとかかぶれたのとかじゃない、早い話原因不明の皮膚炎は、実は、内臓(というか、体の中)が弱っていたり、悪かったりしているのが、表に表れている症状なのだそうで・・・。
 「ふ~~ん、そうなのかあ」と思ったけれど、言われてみれば、ずいぶん前から胃の調子悪かったよね。痛かったり、胃液が上ってきて気持ち悪かったり。げっぷとか出るとカルキ臭がしたり。
 その時、その時で胃薬とかでしのいでいたけれど、特に胃を労わるようなことはしなかったよな。もしかして、その時の逆襲(違)?で、皮膚炎に・・・・?
 てことは、まあ無きにしも非ずで、何の根拠もないことだけど、もしそうなら「私ってばなんて自分の体に無頓着だったんだ・・・」と、思わずかゆいところをさすりながら「ごめんね、労わってあげられなくて・・・ありがとう、頑張ってくれて・・・」と呼びかけてしまったよ・・・。

 まあ、何でもいいから早く治ってほしい・・・。本当にかゆくて辛いわ・・・。

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2010.01.31

三回忌を終えました

 早いもので義母の三回忌を終えました。さすがに丸2年もたつと親戚の人々の中では義母の死は遠い日の出来事ですね。
 三回忌に集まってくださった親戚のおじさんおばさんも始終和やかにまったりと過ごしてくれたし、食事に行った先もサービス良く、気持ちよく帰っていただけました。
 義父の中ではこの2年間はどうだったのだろうか?と思います。世話はかけたくないという思いと、義母との思い出の詰まった家を離れたくないという思いで、一人暮らしを頑張っている義父ですが、寄る年波には逆らえず見ている方はひやひやし通しです・・・。
 三回忌を終えると今度は七回忌までありません。あと、四年。どうなっているのかなあ・・・。

 そうそう、三回忌を前に、用意するのに費用がけっこうかかるなあ・・・と思案していたからでしょうか。夢に義母が出てきて「私が積み立てていた百貨店の商品券が8万円あるから。三回忌はけっこう物入りだから、これをあげるから好きに使ってね。」と商品券をくれました。
 目が覚めてから「まあ、なんてありがたい親心。」と思い、実家へ行ってお仏壇に手を合わせましたよ。

 静かに時は過ぎていきますねえ。いろいろな事が起こって何かと忙しくはあるのですが、それでも、時は静かに過ぎていきます。
 生きている人を生きている時に、自分にできるだけの精一杯で大事にしていきたいと思います。
 その過程で、相手の言葉や態度の表面を見て落ち込んだり、自分の余裕のなさで相手を許せない事もあるだろうと思うのだけど、それが10あるのなら、ひとつでも減らしていけるように自分を成長させる・・・と言うか、自分の考え方を柔軟にしていければ・・・と思うのです。
 ゼロになるとは思わないけれど、ひとつ減らすくらいなら案外簡単にできるかもしれませんから・・・。
 私には私にしかできない事もあって、それを全うするのも親孝行の一つだと思います。この歳になっても、その「自分にしかできないこと」は何かわかっていないのですが、天に還るその日までのうち、たった一日、一時間でもその何かができるよう毎日を生きていきたいと思います。

 なんてことを考えた三回忌でした。

 お義母さん、もう、天国へたどり着きましたか?もう、苦しくも痛くもない安らかな日々ですか?仏様は優しく迎えてくださいましたか?
 お義父さんはお義母さんがいなくて寂しそうです。夢でもいいから元気付けてくれると嬉しいけれど。そちらでのことでまだ忙しいかしら?
 頑張って、家族全員でお義父さんをお世話するから見守っていてください。

   

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2010.01.21

ありがとうな一日

Dscf0797

 先日は自分の誕生日でした。私の年齢だと微妙にめでたくはないのですが(笑)、それでも新しい一年の始まりです。
 何かと体調も悪く喘息とかアレルギーはあるものの、大きな病気はないようなのでぼちぼちと行きたいと思います。

 お友達からもメールやプレゼントが届いて、とても嬉しかったです。たくさんの人に支えてもらって生きているんだなあとしみじみ。本当にありがとう。

Dscf0802 届いたプレゼントは、この間の友達のプレゼントのように、いろいろなものがざくざく入っていました。
 最近では私もなかなか頻繁に友人達に会えないので、何か目に付いた時は「これはあの人に、こっちはこの人に・・・」と買っておいてある程度たまってから、その人に送ったりします。その時には、送る相手のことを考えてグッズを見たり選んだりするんだけれど、同じように友人達がそうしてくれているのだとしたら、とても嬉しいし、とても幸せです。
 何かをもらうのはそれはそれで嬉しいですが、その奥にあるその人の心や気持ちがとても嬉しいですね。たった一言のメールでも、忘れずに祝ってくれるその気持ちがとても嬉しいと思います。
 ざくざく入っていたプレゼントの中の一押しは「しょうがのど飴」。しょうがの風味が利いたかわいい飴です。のどに良さそう。体が温まりそうな飴でした。

 と、いうわけで、みなさんの暖かい気持ちを忘れず、周りの人に感謝をしつつ、地道にこの道を歩いていきます。本当にありがとうございました。

 で、またまたおまけににゃんこの写真。なぜか椅子の背に乗って寛いでいました。変なの(笑)Dscf0805

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2010.01.17

15年前

 15年前の朝。ぐっすり眠っていたはずの自分は、どこからともなく響いてくる音にはっと目が覚めた。その瞬間、下から突き上げるようなゆれを感じて、とっさに隣に寝ていた子ども達を抱き寄せた。
 遠く神戸の地で地震が起こったと知ったのは、それから5分くらいたった後だった。ここで、こんなに揺れたのだから、さぞかし大きな地震だったのだろうと思いながらテレビを見ていたけれど・・・。
 一瞬、目を疑った。どこだろう、そこは。同じ日本の土地なのか?と、思うほどの惨状。高速道路が落ちている。ヘリコプターからの映像は、密集した民家が燃えているのを写している。
 あんな・・・ひどい状態で、消防車など出動できまい・・・いいや、消防車を救急車を動かす隊員の人がまず生きているのだろうか・・・?
 テレビに映し出される映像を見ながら、これは現実なのだろうか?と呆然としたことを未だに覚えている。
 それから今までも大きな震災はいくつもあり、国内でも被害にあった人は大勢いるのだけれど、阪神大震災は知っている人が何人か被災したからか、自分の中ですごく大きな事として感じている。

 当時、子ども繋がりな友達の実家が神戸で、すぐにその子に電話をしたら、その子の親御さんは偶然、前日から旅行に出かけていたので、直接の被害にあわずにすんだと聞いた。
 神戸ではなかったが、西宮、尼崎、八尾のあたりに友達が住んでいたので、安否を聞こうと電話してもなかなか繋がらなかった。(幸い、友人達は軽い被害ですんだのでほっとしたけれど・・・)
 親戚が三宮に住んでいたので、私の両親がポリタンクに水と持てるだけの食料を手に三宮に駆けつけたのは、震災から1週間くらい後だっただろうか。
 めったな事では動じない父が、ある一点を超えた所から広がる惨状に声をなくしたそうだ。この親戚も住宅への被害はあったものの全員が無事だった。

 もちろん、そういう人達だけでなく、多くの人々が肉親や友人を、家を財産を失い、苦労と悲しみを背負っただろう。
 目の前で伴侶を友人を子どもを親を失った人も多いはずだ。どうにも手が出せず、なす術もなく死にゆくのを見ているしかなかった人もいると思う。温かかった手の温もりが冷たくなっていくのを体感した人もいると思う。また、震災直後でなくとも、震災が原因で後からこの世を去った人もいるだろう。
 その時に負った傷や苦しみ、悲しみは、一生忘れられないだろうし、その後の人生も大きく変ってしまった人もいて、その苦労は震災にあっていない自分には計り知れないものがあると思う。
 15年。あっという間のような長いような年月だろうと思う。まだまだ、当時の苦しみや恐怖から逃れられず、苦労している人もいるに違いない。

 震災から何年も後、阪神大震災のあとを生き抜いた人に出会った。震災でたくさんのものを失い、父上を失い、体一つで生きていくことを強いられた人だ。
 今日までをそれは苦労をして生きてきた。脆弱で脆い身体にムチ打つようにして生きてきた。心無い人にひどいことを言われても、誰かに辛い仕打ちを受けても、病気から来る発作に自らを傷つけても、それを乗り越え、今日まで生きてきた。

 15年もたったのだから、震災のことは、もう忘れたら・・・とは、私には言えない。いつまでもそれに囚われないで・・・とも、言えない。
 でも、生き残った事を罪とは思わないで欲しい・・・。と、思う。

 あなたがそこに生きているのは、それだけで素晴らしい事なんだから、生きていることを罪だと思わないで欲しい。
 せっかく生かされた命なのだから、人生を全うして欲しいと思う。
 病気で苦しい事もあるだろうし、経済的に苦しい事もあるだろうし、心が悲鳴をあげる時もあると思う。
 足元しか見えず、歩いているのか立ち止まっているのかわからないような、真っ暗闇な時もあるだろう。
 それでも、あなたは自分の心に嘘をつかず、お天道様に照らされて恥ずかしくない道を歩いている。いつか、必ず、心穏やかに、健やかに暮らせる時が来るはずだから。
 遠くから見ているしかできない私だけれど、時々は「もっと強くなりなよ!」と是非もないことを思ってしまうような私だけれど、それでも、あなたが歯を食いしばってがんばっている姿を、ずっと見ています。

 震災で失われた様々な命のご冥福を祈って・・・。
 震災を生き抜いてきたたくさんの命の安らぎと幸せを祈って・・・。
 そして、あなたの幸せを祈ります。
 

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2010.01.16

てことで、郵便の内容は・・・^^

Dscf0788  パソ子も治った事だし、さっそくとアップ。

 色々たくさん入っていて、わくわくしたぞo(*^▽^*)o
 ムーミンのイラストはとてもきれい。アニメはデフォルメされて単純な線になってしまいがちだけど(それは仕方ないけど)、やはり、リアルなイラストと言うのは、ペンのタッチや色の濃淡が繊細。原画を肉眼で見たならば、もっともっと美しいのだろうな。いつか見る機会があるといいけれど・・・。
 チョコレートはチャーリーのチョコレート工場のチョコ。なかなかに甘い代物ですが、甘いもの好きにはたまらないおいしさでしょう^^ ブラックコーヒーと共にいただきました^^
 黒にゃんこは扇子についていたストラップ。扇子はさすがにこのシーズンは無縁なので(笑)、ケータイにつけましたよ。
Dscf0793  元々ついていたお守りのストラップにぴったりマッチですじゃ~~^^かわゆいですのう~~^^
 ブレスレットはアベンチュリン。精神の安定をもたらすとか・・・。煩悩の多い我が身にはちょうど良い!!??
 たくさん、送ってくれてありがとうでした^^ 感謝感謝です~~o(*^▽^*)o

Dscf0787  んで、おまけににゃんとワンの写真。にゃんたちは寒くなると仲良く抱き合って寝てますにゃ^^ 
 

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助かったよ~~~(*^_^*)

 ディスプレイが真暗なままのパソ。一体どうなる???と思っていたのだけれど、治りました。と、言うか治してもらいましたヽ(´▽`)/
 旦那さんの会社の人でとても詳しい人がいて、都合がいいからと我が家までやって来てくれて、私が子どもを駅まで送っていって帰ってくる間に治っていました。はやっ!いや、まあ、知ってる人から見たら簡単な症状だったんだろうけれど・・・(^_^;)
 まあ、とにかく、助かった、ありがたい~~~です。よかった、データもそのままだし。ほんと、感謝感謝であります~~~。

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«うわ〜い^^