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2005.08.28

広島弾丸ツアー2

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 さて、広島駅を10時半ごろに降りて、まずは平和記念資料館へタクシーで向かう。
 夏休み最後の日曜日のせいか、それとも、休日だといつもこうなのか、たくさんの人が訪れていた。老若男女を問わずたくさんの人がパネルや映像、ジオラマ、写真に見入っている。外国の人もけっこういた。
 被爆までの広島の歴史、原爆の開発から投下までについて、被爆前と被爆後の原爆ドーム周辺の模型、そういったものをつぶさに眺める。
 小学生くらいの子どもに説明している若い父親、幼い頃の思い出を同行の友人に語りながら歩く老人、孫と思しき子どもたちを連れて回る老女、ただ食い入るように見つめる若い人。時折涙ぐむ人も見かけた。
 資料館を出た人々は、申し合わせたように原爆ドームへの道をたどる。資料館前から平和の池までの広場は、毎年8月6日にはたくさんの人で埋め尽くされる。その下には、さっき見てきた街の瓦礫が遺体が埋まっている。
 平和の火を横目で眺め、資料館を振り返る。資料館の2階の窓から見下ろした平和記念公園は、まるで寺院の伽藍のような美しい配列だ。平和の火は普段はあまり炎を上げないのだろうか。昼間の明るさもあいまって、あまり目だ立ず、見逃してしまうところだった。
 川の向こうに原爆ドームが見える。資料館にあった模型や写真で、ドームが産業奨励館だったことを知る。シンメトリーのモダンな洋風建築だったのだね。大きな建物だったろうに。
 60年前、この場所は焦土と化し、たくさんの人々が一瞬にして消えてしまった。今は、木々が生い茂り、緑の溢れた穏やかな空間となっているけれど、たった60年前にそんな痛ましい状況になっていたとは信じられない。
 日本という国は、いろいろな問題を抱えてはいるものの、たった60年で、ここまで復興したのだなあ。ここまで進んできたのだなあ。理由やきっかけがどうであれ、日本という国は60年間、戦争をせずにきたのだなあ。
 広島へは、子どもたちのためにと思ってきたけれど。自分もまたひとつ、考えるきっかけとなったように思う。
 被害者の立場ばかりには立てない。加害者としての日本もいる。けれど、本当に、二度とこんな爆弾を使うようなことの無いようにと強く思う。

 そうして、原爆ドームをあとにしたとき、時間は12時45分になろうとしていた。
 

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