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June 2006

2006.06.25

天橋立&籠神社

Dsc00998  本日は、日帰りのバスツアーに行って来ました。このツアーは、私の友達が友達同士20人集めて、貸切で大人の遠足しよう!と企画してくれたものです。企画してもらった時はなんとも思っていなかったのですが、今にして思えば、まあ、偶然ってよくできてるなーって思います。
 この日の前日は、ネット上の友人から、夏至だから三輪へいかないか?とお誘いを受けてたのです。でも、友達のお誘いの方が早かったから、そちらをお断りしたんですよね。

 初めにもらったツアーの行程表には、「笠松公園にて天橋立を見る」としか書いてなかったし、一緒にいってくれた添乗員さんもそれしか言ってなかったんですが、地元では「笠松公園で天橋立を見る」と「籠神社参拝」はセットになっているらしく、笠松公園へ行く前に「籠神社参拝」が入っていたのでした。

Dsc01018  20数人を連れて、地元の案内人の人が、籠神社について説明とかしてくれてるんですが、むろん、私はそれらはぶっちぎり、怪しい神社フリークと化してしまいました(^_^;)
 不思議と人払い結界が働いて、真正面からお参りできたり、けっこうな人出にもかかわらず、人がほぼ写っていない状態の写真が撮れたり。
 三輪と伊勢に縁の繋がる者ですとご挨拶をして、いつものようにこの国の安寧と世界平和を祈ります。日頃の無難へのお導きにお礼を述べて、最近の懸案のお導きをお願いしました。
 小雨の降るお天気だったのですが、その時ばかりは雨も上がり、しっとりとした湿気の多い空気が満ちていましたよ。なんだか、感動してました。はい。

Dsc01015_1  ケーブルカーで上に登って、天橋立を眺めたあとは、そそくさと下に降り、今度は一人で神社を散策。(上にも気になるところはあったんだけど、時間なくてパスしてしまいました。)
 ここが元伊勢なんだ~と、空気を胸いっぱい吸い込んできました。
 時を同じくして、縁のある人たちが三輪山に登っているのです。あの高台で彼らは何を祈り、何を持って帰ってきたのでしょうか?
 私には何があるのかはわからないし、元伊勢で何をいただいたのかも、今はまだわかりません。
 でも、今、このタイミングで、偶然のように元伊勢に行けたということは、やはり、何かがどこかでつながっているのだなあとしみじみ思った次第です。 

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2006.06.24

おいしい

 実は。私のバイト先の上司(係長くん)は、旦那さんの部下でもあります。営業所が違うので、旦那さんと一緒に働いているわけではないのですけどね。
 で、今日は、旦那さんは係長くんとその他のメンバーでゴルフだったんです。帰りに係長くん連れて帰ってきました。まあ、晩ご飯食べに来たってわけですね。

 本日のメニュー。
 スペインオムレツ(某友人から教わった本場スペインの家庭料理)
 かつおのたたき
 大根と水菜のサラダ
 フランクフルトのソテー
 白菜&きゅうりのキムチ(市販のキムチを我が家なりにアレンジしたもの)
 えだまめ
 デザートは、小布施 甘精堂の栗蒸しようかんと新茶。

 自分で言うのもなんですが、なかなかのお味でした(笑) おなかいっぱいですと喜んで帰ってくれたので、嬉しかったかな。

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2006.06.21

なぜか・・・確信して

 まだ、パソコン通信をしている時代に、ある人に「どーしてあなたのような人種は、わからないことでも、確信を持ってきっぱり言うんだろう・・・。」とため息交じりに感心された。
 「だって、なんとなくだけど、絶対そうって思うもの。」と思いつつ。「私のような人種が不安な顔をして、不安なことを言ったら、みんなが混乱するでしょう?」と思いつつ。 「そういう風に教育する側がいるから。そういう風に教育されてるんだよね。」と。

 と、言うわけで、相変わらず、この手の話は、意味不明になってしまうが(笑)
 私の中で、確信がある。その確信は、時には、哀しく苦しく、でも、最後には必ず幸せがあるということ。
 私は、まだまだ修行不足だから、その確信を素直に受け入れる事ができない。そんな事が何度もあって。今だって、そうそう素直に受けれいているわけでもないけれど。

 待っているのは辛い。その確信へ、私は一足飛びに行ってしまいたい。同じ待つならそこで待っていたい。
 でも、それは許されない。同じように、その隣を歩いていかねばならない。それは、自分がたどった道をもう一度たどり、足りなかった何かを、身につけるため。
 自分が犯した過ちを、目の前で見つめながら、その時の悔しさと憤りとむなしさと怒りをもう一度経験しながら。だから、あきらめるわけにはいかない。それが、どんなに遠いゴールでも。

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2006.06.20

お誕生日おめでとう

Dsc00319  これ、書いちゃうとわかる人には誰のことかわかっちゃうから、どうしようかな?と思ったけれど。
 でも、やっぱり、おめでたいことだし、ありがとうと思うから書くことにします。

 前に、大切なお友達から「自分の誕生日は、生み育ててくれた両親や家族、友達に感謝をする日だ。」と教わりました。
 で、私は、「大切な人の誕生日は、この世に、この時代に生まれてくれてありがとう。出会ってくれてありがとうと感謝をする日。」と思いました。

 幸いにして、いろいろな人と出会い、わかりあい、ご縁が続いています。時には、苦しかったり、切なかったり、哀しかったり、寂しかったりしますが、それに勝る喜びをいただける。そんなご縁でいてくれてとても嬉しい。そんな風に思います。

 今日は、「弟君」の誕生日です。必然という名の偶然が、私の前に「弟」を連れてきました。去年は、誕生日を知っていたのか知らなかったのか、それすら覚えていませんが、お祝いの言葉もプレゼントもしなかったけど。
 今年は、生まれてきてくれたことに、出会ってくれたことに感謝を込めて、そして、新しい一年が幸せで素敵なものであることを祈って、「おめでとう」を贈ります。


 なんだか、涙が出てきます。静かな感動のようなものが心に押し寄せてきて。
 本当は、もう、手放す時なのかと、もう、見守ることもないのだろうと思っていた懸案があったのだけど、そう思ったら、やっぱりアイテムが目の前に広げられて。
 自分が見ようと思ってつけたテレビじゃないのに、次々と思い出すような映像が現れる。ああ、まだ。まだ、つながっているのだなあと。どういう形であれ、手放していけないんだと。
 冬三輪でつながったご縁があるので、夏三輪に行きたかったけれど。所用でその日には行けません。でも、繋がってないようでつながっている多度へ、また行ってみます。
 多度の御方に挨拶をして、錦山号と遊んでこよう。

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2006.06.18

ひな

200606182313000  久しぶりに実家に行きましたなら。実の弟の玄関の軒下にツバメが巣を作っておりまして。
 去年、初めて巣を作りにきたらしいのですが、今年もまたやってきたとかで、6羽の雛が生まれたそうです。
 しかし、先日、一羽は巣から落ちて、朝見つけたときは死んでいたとか。
 親が帰ってくると、やかましく鳴いてます。親がいないときでも、起きている時は写真のように口をあけて、外を見てるんですよ。

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2006.06.13

進む改修工事

200606131716000  どうしようもなく途方にくれる日は、神社へ行くしかない?! って、いうのはさておき。
 またも、多度大社へ行ってきました。ただいま、改修工事の真っ最中。参道も工事中でしたが、一ヶ月ほど前に行った時よりも進んでいましたなあ。この大改修、けっこう予算使うだろうなあ・・・(^_^;)

  

  

200606131714000  笑ったのは、工事のフェンスにかけられていた幕。ちゃんと馬やーん。おもろっ。さすが、多度大社。参道を改修中なので、参道の脇にフェンスがあるんだけど、ずーっと馬。あはは・・・。

 良い導きがあるといい。神様は助けてはくれないけれど、導きはくれる。いつもそう思う。だから、その導きを自分で見つけないとね。見つけられるといい。
 今は、どうしようもなく途方にくれているけれど、また、ちゃんと道が開けるんだろう。

 とりあえず「ハクバ」は、御山が見えるとまた一人で先に行っちゃったし。先触れの役目もしてくれたみたいだった。喜んでいたから、まあ、良かったんだろう。
 気づきの遅い自分だが、何とかお導きください・・・。

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2006.06.11

大河ドラマで・・・(^_^;)

 なぜか、一昨年あたりから、またまた大河ドラマ熱が始まりまして。中学高校の時は欠かさず毎週見ていたんだけれど、大人になって子どもが生まれてばたばたして~って時期は全然見てなかったんだよね。
 ところが、「新撰組!」を見出してから、そのまま、また毎週の日課になってしまって。リアルで見られなかったら、10時以降のBSで見てしまうというくらい見てます(^_^;)

 で、今日のオンエアではとうとう本能寺の変。信長様が死んでしまう回でした。もう、何度もドラマ化されて、たいがいのパターンは見たぞというくらい、何度も見ているシーンですが。
 なんでかわからないけれど、信長と帰蝶の台詞が一つ一つ胸というか脳内に響いて、がつーんと来てしまいました。
 涙がぼろぼろでてきて止まらないよ。なんでよー。ある意味、こんなチープなシーンで。自分でもわけわからんの。
 フラッシュバックしてしまって、自分の辛いのまで思い出したわ。いやーまいった。
 ぼんやりしているとこうだもんね・・・(^_^;) テレビはやっぱ、お笑いがいいわ。

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2006.06.09

途方に暮れて・・・でも、ハレルヤ

200606091715000  途方に暮れるのは今に始まったことじゃない。いつだって、途中は途方に暮れていることの方が多い。
 なんだか、「NO」と言われてしまった気がしないでもないが、意外と気分は落ち着いている。
 もしかして、途方もなく勘違いをしているのかもしれないけれど。本当に「NO」なら、繋がる事はないだろうから、とりあえず一言いうだけ言って、あとは流れに任せればいいと思っている。
 

 五里霧中といつも思うけれど、消して暗闇なわけじゃないんだな。本当に不思議なんだけれど、暗闇ではないとわかるんだよね。
 だから、いつも魂の側に・・・なんだよなー。

 画像は、本日夕方の風景。天上画のようできれい。こんな風に、絶対に光が射すことだけは知っている。それがいつかは知らないけれど。そこに行くまでにとてつもない苦しみや悲しみがあるかも知れないけれど。 

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2006.06.07

コミュニケーション

 人と解り合うのは簡単で難しい。わかっている事でも確認しないと次へ進めない時もあるし。
 私は君じゃないし、君は私じゃない。そんな簡単な事が何故わからない。見ていれば君の事はわかるけれど、それがすべてではないだろう?そんな想いを抱かえながら、目の前の君の話を聞く。 
 否定をしているのではないと私は思いながら話していても、君はもしかして否定されているのかもしれないと思いながら聞いていただろう?
 ほら、話してみなければ、君の本当の思いなど誰にもわかりはしないんだよ。「多分こうだろう。こう思っているだろう。」と思うのは私の一方的な「好意」なんだ。
 それを裏付けるだけの「信用」を君が私にくれているというのなら、それこそ、「見ていればわかる」なんて、私に対する甘えでしかないようにも思う。
 確かに君は「信用」を私にくれている気がする。そうと感じる時が確かにある。でも、それが私の勘違いだったらどうするんだろう?
 「黙っていても解り合える」 そんな仲になるためには、多少なりとも紆余曲折、傷つくこともあるんじゃないのか?そして、それを許しあえるから「黙っていても解り合える」ようになるんじゃないのか?
 それともこんな風に思う私が変なのか?

 君の頑張りを認めている。一生懸命なのを知っている。信念を持って、自信を持って、挑もうとしているのもわかっている。失敗はしたくないと用意周到、先々を読んで行動していることも知っている。不器用ゆえにその方法しかできないことも知っている。
 わかってくれる人にだけわかってくれたらいいと、最終的にそう思っていることも知っている。
 けれど、早くそこから抜け出せばいいのにと思う。「プライド」という名の鎧を捨てて、「強さ」を身に纏うことができればいいのにと思う。
 全身全霊で、君を認めているから。どんな君であっても、君が君らしくいるのであれば、何も言わない。

いつも、いつも魂の側に・・・。届かないかもしれないけれど。いつも、君の魂の側にいるから。 

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2006.06.02

1週間過ぎて・・・

 先週、病院へ行ってから1週間。薬を飲んでいるからか、ひどい眩暈はないです。でも、夜になるとやたら足がだるい。マジで体重減らそう・・・。
 まあ、確かにうつ傾向はありそうな気がしているので、なるべく、ぼや~ッと過ごしています。疲れたなーと感じるときは、仲の良い友達とも会わず、ゴロゴロだらだらしてますです。

 何かと思うこともあるし、もっとこうなったらいいのにとか、もっとこうしたいのにとかも思うのだけど、現状を認識して、今でも充分なんじゃないかと、高望みはしないようにと努めてます。
 あせらずあわてず、こつこつと一歩ずつ進んで、信頼関係を結ぶしかないのかなあと最近思うので・・・。半年過ぎてやっと本当の意味でいろいろ言えるような感じができてきたかなあとかも思うし。これが錯覚でなければいいのだけれど。

 以下意味不明の文・・・。妄想だと思っていただいてけっこうよ。もしくは小説のネタとでも思ってください(^_^;)

 聖地で頂いた剣は、確かにすごい。使い方さえ間違わなければ、本当に強い味方と言うか、役に立つ。この剣が私を支えてくれている。そんな感じ。
 迷いは斬り捨てて、遺さなければならない想いだけをはっきりさせてくれる。人の心の弱さゆえの想いさえ、それのどれが必要でどれを捨てなければならないのか教えてくれる。
 目には見えない剣だけど。この手にあるのはよくわかる。もう何年も前に頂いたこの剣を私は忘れていたけれど。多分、この先も何度もこの剣が役に立つのだろう。

 最近、なついてくる「馬」は「弟」の愛馬だとある人が教えてくれた。私は馬の名前を覚えていなかったので「弟」に直接名づけてもらった。今生では「ハクバ」という。ひねりも何もないが、言霊発動で「馬」は「ハクバ」になった。
 「ハクバ」は時々、「弟」のところへ行くらしく、帰ってくるとタバコの匂いがする。「弟」のところへ行っても気がついてもらえないので、寂しそうにしているが、それでも会えたことが嬉しいらしい。
 賢い馬で私がへこんでいたりするとずっと側にいてくれるのがわかる。多度へ行くと喜んで、御山に向かって走っていき、先触れの役目もしてくれる。私の言うこともよく聞いてくれて、伝令の役目もしてくれるのだか、さすがに相手が一般人だと伝わらない時がほとんどだけど。

 そんな感じで、私の日常は過ぎていく。ゆっくりとゆっくりと過ぎていってほしい。一日一日を愛でながら、ゆっくりと。
 

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