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2006.11.06

「いじめ」・・・振り返って・・・

 中学校2年生の子がいじめを苦にして自殺して・・・と言うニュースが流れてから、いじめを取り上げたニュースが頻繁に流れている。

 大人たちに願いたい。
 子ども達に、それが、たとえば、近所の子でも、親戚の子でも、我が子でも。いつでも言ってあげてほしい。
 「あなたは素晴らしい。あなたが好き。あなたが必要。生きているそのままのあなたがいることが、みんなの幸せなんだよ。」と。

 上の子が小学校5年生の時、いじめにあった。と、言うより、いじめがあったと「認識」された。子どもには自覚がなかったが、親から見たら、「それ、いじめっちゃうん?」というようなことがよく起こっていた。 

 いじめられているのに自覚がないのも酷だけど、「あんたいじめられてるよ。」と言うのも、それ以上に酷なこと。あえて、子どもには何も言わず、教師にも「うちの子は歳よりも幼いので、友達付き合いがうまくない。トラブルになったら、相手の子ともども、うちの子にもよいアドバイスをお願いします。」と言って、「うちの子、いじめられているみたいなんです。」とは言わなかった。
 何故なら、教師によって違うとは思うが、「いじめられているみたい。」と言ったことで、「いじめられっ子」のレッテルを貼られるのが嫌だったから。

 小学校5年生のそれも学期の終わりに担任が家にやってきて、「お宅のお子さんが、八つ当たりの対象にされているみたいです。」と言った。
 八つ当たりの対象?みたいです?・・・なにそれ? それって「いじめ」でしょ?
 その時の先生の表情が今でも忘れられない。あの他人行儀な、無責任な、途方にくれた表情。
 「私は一生懸命指導しました。皆と話し合う機会も持ちました。相手の子にも説教して、家庭訪問もしています。でも、事態は良くなりません。どうしたらいいのかわかりません。」と顔に書いてあった。

 瞬間に、この先生じゃどうにもならない。と、私は思った。と、言うより、担任に対して、初めから信頼などしていなかったからだ。と言うのも、その前の年、赴任してきたばかりの担任は当時小学校2年生の下の子を担任していて、その指導に至極疑問を感じていたから。(学年末、小学校2年生で習うはずの9×9ができていない子が半数いた。それに対して、家庭に何を求めるわけでもなく、学校で工夫して9×9を覚えさすこともなくいた。まあ、それだけでなく、どうかと思うことはたくさんあったな。)

 学期末になってそんなことを言ってきて、学年懇談会を開いたが、それはうちの子が「いじめられっ子」だと他の保護者に知らせるだけで、何の解決にもならず、事態はさらに悪化した。
 つまり、「先生は○○ちゃんばっかりかばって、ひいきしている。」と他の子が、うちの子を無視しだしたのだった。
 こちらから言わせると、かばってもらってる?冗談でしょう?状態だったが、他の子や保護者にはそう思われたみたいで、いじめをしていた中心の子の親が「うちの子ばっかり叱られて、他に悪い子もいるのに・・・。」と、周りの子の親は「中心の子に逆らうと今度はうちの子がいじめにあうから。」と言っているのを人づてに聞いた。
 そして、その他の親は、口では「知らなかった、大丈夫?うちの子にもよく言い聞かせておくね。」と言ってくれたが、その親達の子どもがうちの子をかばってくれたとか、仲良くしてくれたとかいう話はごくわずかしかなかった。
 つまり、皆、自分に関係がないのだから、遠巻きに見ていただけなのだった。

 そういう期間を過ごして、6年生になった。見た目には「いじめ」はなくなった。でも、無視される、仲間はずれにされる。見た目にはわからないが、影では「きもい」「うざい」「ちかよるな」「むこうへいけ」とそういう扱いをされていた。
 当時の担任は、熱い先生だったけれど、熱いゆえにその熱さが子ども達に疎まれて、誰も担任の言うことを素直には聞かなかった。
 他の親達は、もう「いじめ」は終わっているからと言う認識でいたようで、こちらが何か学校へ言いに行くと、遠巻きに「まだ言っているの?」と言う視線を送っていた。

 6年生も終わりのころ、学年親子全体で取り組んだ大掃除の時、うちの子が使っていた水道口を誰も使っていないのを目の当たりにしたとき、「これのどこが解決しているの?」と思った。(水道口は、6つほどあって、5つには長い列が出来ている。うちの子の後ろには誰も並ばない。使った後も並ばなかった。)その光景は今でもはっきりと覚えている。それを見て、保護者の誰も自分の子ども達を注意しなかった。それも忘れていない。

 そんな空気の中でも、どの子も平等に接する男の子がいた。どの子とも平等に接するがゆえ、彼も男子児童からは仲間はずれにされているようなところがあった。が、彼は、ご両親の教育が行き届いていたのだろう。仲間はずれにされてもどこ吹く風。また、彼は剣道が強く、学校ではその実力が知られていなかったが、地区や県大会に行けば上位入賞を果たしてくる腕前だったから、自分に自信もあったのだろう。
 その彼が、うちの子どもを始終励ましてくれた。「あんなやつらに負けるな!」いつもそう言ってくれた。

 実は、あまりにも学校の対応が「臭いものにふた」状態で、何の対応も出来ず、埒が明かないことに業を煮やしていた我が家では、あることをきっかけに子どもを数日間休ませたことがある。
 他人が、教師が、「何とかしてくれて、今の状況が変わる。」なんて、幻想だ。子ども自身が親自身がしっかりしなければ、事態は変わるはずもない。
 そして、何か事件がなければ、学校も教師も、他の保護者も子ども達も動くわけがない。そこまで深刻なことと誰も認識していないからだ。

 子どもが初めて、いじめが原因で休んだその翌日、彼は、自分が学校へ行く前に我が家へ寄ってくれて、「学校へ行こう!あんなやつらに負けちゃだめだ!」と迎えに来てくれた。
 わざわざ来てくれた彼。親の私はとても嬉しくありがたく、この子はなんてすばらしい子だろうと思った。しかし、私はもう一日子どもを休ませた。彼には悪いと思ったが、行動に移してくれたのが彼だけだったことが、残念にも思えた。
 休んだ二日目、 担任が数人の子ども達からの手紙を携えて、我が家へやってきた。いつも見た目に仲良くしていた子ども達、今まで接点のなかったような子ども達、昔同じクラスだった子ども達。中身はそれぞれにあたたかいもののように思えたが、私の心は、これを信じられるほど、平静ではなかったと思う。
 学校も、先生も、周りの大人も、同級生の子ども達も信じることはできなくなっていたから。
 それでも、休んだ二日目の放課後、何人かの女子児童が様子を見に来てくれた。明日、学校へおいでね、待っているよ、と彼女達が言ってくれたことは、今でも感謝している。私は、手紙をくれた子、来てくれた子達、一人一人に感謝の手紙を書いた。
 迎えに来てくれた彼は、再び、お母さんと一緒に様子を見に来てくれた。本当にありがたかった。もしかしたら、まだ、信じていい人がいるんだと思えた。

 何故、私が子どもが最後まで、学校に通い、がんばれたか。
 それは、前記した彼とその家族の存在が大きい。また、何もできないと言いつつ、学校行事があるといつも一緒にいてくれた幼稚園時代からの同級生の親の存在。必死に勇気を奮い立たせ、子どもを迎えに来てくれた同級生。そして、下の子の保護者の存在。

 上の子の保護者達の中に、役員に選ばれるのがいやで学校行事にも参加しなかったり、自分の子に関係なければ何が起こっていても知らないと言う空気が蔓延しているのとは反対に、下の子の保護者の中には、どの子もみんな一緒、学校の行事にはなるべく参加する、役員も選ばれたのなら嫌がらずに引き受ける、学校と家と地域が一体となって子ども達を育てるんだと言う空気が漂っていた。
 そんな保護者のみなさんが、いろんなアドバイスをくれたり、経験談を聞かせてくれたり、学校へどういう風に働きかければいいかを教えてくれたりした。時には、上の子も一緒になって遊んでくれる子ども達や保護者も下の子の学年にはいた。
 どれだけ下の子の学年の保護者や子ども達に勇気付けられたかわからない。

 下の子の保護者達の姿勢を見ていて、私はもっと積極的に学校やPTA行事に関わろうと思った。地区の役員も引き受け、役員でなくとも学校行事には必ず参加した。そうするうちにいろいろな先生たちともこころやすくなり、学校の事情を聞けたり、こちらの悩みを聞いてもらったりもできるようになった。

 親として上の子に言ったことがある。
「やられて悔しかった時、やりかえしてきてもいいよ。その時、相手の子が怪我をしたってかまわない。あなたはそれだけのことをされてきた。もし、怪我したとかになっても心配するな。お母さんもお父さんもちゃんと一緒にそれを乗り越えるから。」
「本当に、学校へ行きたくないなら、行かなくていい。学校なんて、今しか行かない。社会へ出たら、学校に行っていたことより、学校で何を学んだかの方が重要になる。」
「同級生の中で、友達を作りたくなかったら、作らなくていい。社会へ出たら、年齢なんて関係ない。必要なのは人間性だ。だから、今は、この辛い経験を乗り越えて、友達になりたいと言ってくれるような人間になれるよう頑張ろう。」
「あなたがどんな人間であっても、お父さん、お母さん、姉妹、おじいちゃん、おばあちゃんにとって、あなたは必要で大事な存在だ。」
「たとえ、学校で、先生や同級生や他の子が、あなたを否定するようなことを言っても気にするな。ご近所の人はあなたを褒めてくれる、幼稚園の時の先生や、お母さんの友達は、あなたの素晴らしさをちゃんとわかってくれている。」

そんなことを言ったと思う。

 中学校へ入って、担任になってくれた先生に、一か八かの思いで小学校時代のことを細かく話した。こちらが信頼しなければ、相手の信頼も得られない。期待はしない。けれど、起こした行動に対しては、信頼を寄せて行こう。うまく行かないなら、その都度、心を込めて話し合うようお願いしようと思った。
 初めてトラブルを起こした日、我が家へやってきた担任は、「あなたは素敵な個性のある子だ。私はあなたが大好きだよ。」と言ってくれた。

 中学へ行っても、すぐにいじめはなくならず、トラブルはいくつもあったけれど。他の学校の子や、一緒の学校の子でも、「いじめなんかに負けない!」と、人のことなど気にせずに、勉強やクラブに励むうちの子を認めてくれる子も出始めて。
 1年、2年と学年が上がるにつれ、心配は少なくなっていった。偶然なのか、故意なのか、1年の担任は2年、3年と担任を受け持ってくれた。
 家では、子どもが心底遊びたいと思う友達と行くと言う遊びは、中学生では早いか?と思うようなことも、そのメリットデメリットを説明し、予定を子ども達に立てさせ、それを守ると約束させ、外に出した。

 たぶん。うちの子は、親や先生を初めとした「大人」に信じてもらえたこと、認められたことが、ずいぶんと力になったのではないかと思う。
 それが、力となって、それなりな自信を身につけ、それが他の子にもわかり、友達になろうと思ってくれたのではないか。

 中学3年の夏休み、子どもはいじめについての作文を書き、人権作文コンクールに出品した。淡々と心情を綴ったその作文は、地区大会で最優秀賞を取り、県大会で奨励賞を取った。約4000作品の中から上位に選ばれ、本人はとても戸惑っていたが、表彰式に出席する頃には、それも自信の一つになっていたのではないか。

 何が良かったのか。実は今でもわからない。
 小学校5年6年の頃は、私も働き出していたから、意外と子どもや学校のことばかりに頭を働かせてなかったかもしれない。週1回あった平日の休みは、下の子の同級生のお母さん達とよく遊びに行っていた。それはとてもよい気分転換になり、こんなことで負けていられないとよく思ったものだ。
 家に帰ってきた子どもは、学校にいる時よりずっと明るく、元気だったように思うし、家族でいろんな所に出かけた気もする。

 たぶん、かなり深刻な内容だったのだと思う。でも、我が家では、「人格を傷つけられて、踏みにじられる環境にこだわることはない」と、「ある意味、学校なんてたいした場所ではない。他に代わるところはいくらでもある。」と、深刻になることを避けていたような気がする。

 いつも家族で笑っていた。いつも家族で怒っていた。いつも家族で楽しんでいた。いつも家族で苦しんでいた。と、思う。
 私の悩みも、相方の悩みも、祖父母の悩みも、下の子の悩みも、家族みんなで考えていたような気がする。

 今、「死のうと思ったことはない?」と聞くと、「死んじゃおうかなと思ったこともあるけれど、死んだら終わりだし。死ぬ方が怖かったし。学校行かなくてもいいんだったら、何かできることあるかなあって。」と答える。

 そうだね。学校が全てじゃないな。安易に逃げるのはどうかと思うけれど。でも、どうにもならないんだったら、親子で、家族でエスケープしても、それは誰にも責められることじゃないし。恥ずかしい事でもないと思う。

 転校しようかと思ったことも、登校拒否させてもいいと思ったこともあったけど。どうにもならなくなるまでは頑張ろうかと、子どもに言ったこともあったな。どうにもならなくなったら、学校やめちゃえ~~。って。
 子どもは、そんな言葉を一つ一つ覚えているかな?聞いたことないからよくわからないけれど。

 実は、今でも、当時のことは思い出したくない。語りたくもないのが本音だ。
 それは、子どもが体験した辛いことを思い出すことで自分が疑似体験したくないのと、その時の心の傷がまだ痛むのと。そして、その時、自分は親として本当に体を張って、学校や周りの保護者達に訴えることができていたかどうか自信がないから。

 けれど。あのニュースのおかげ(?)で、いじめがクローズアップされている。いじめは犯罪だ。それを知ってほしいと思う。でも、本当は、いじめている子もいじめられている子も被害者なんだ。
 大人が真剣に向き合わないから、子ども達はいい加減な態度になる。いじめている子に対して、真剣に向き合った結果、その子はいじめをやめたっていう話もいくらでもある。
 大人が真剣に向き合うから、いじめられていた子は、自信を取り戻し、「私は私でいいんだ。」と自己肯定できるんだ。

 いじめがあろうが、なかろうが。大人達は子ども達に真剣に向き合わなければならない。子どもだってバカじゃない。ちゃんと考えることも、理解することもできる。真剣に語りかければ、心の奥底にちゃんとその言葉は行動は残っていくんだ。
 難しい言葉でなくていい。アカデミックな言葉でなくていい。「あなたのそういうところが素晴らしい。そういうところが好きだ。」そんな言葉をあなたの近くの子ども達に言ってあげてほしい。

 自殺した子は、多分、最後には「私なんかいない方がいい。その方が、みんなの幸せになる。」と思うんじゃないか。そんなこと、子どもに思わせてはいけない。
 親が気がつかない時もある。先生が友達が気がつかない時もある。だから、いつも、何かの時に「あなたは素晴らしい。あなたが好き。あなたが必要だ。」と、そう言ってあげてほしい。
 誰でもいい。とにかく、「あなたが生まれてきたことは世界中の幸せなんだ。」くらいのことを言ってあげてほしい。

 振り返って、今はそういうことしか言えない。以上、よくまとまらない、書きなぐった文章になってしまった。あとで読み返して、加筆や訂正を加えるかもわからない。
 冷静に書くことは難しい。いろんな事件が報道されるたび、何かを書きとめておかなくてはと思うけれど、うまく文章にはできない。
 と、言うことで、とりあえず・・・。

 

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