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October 2007

2007.10.31

低血糖は怖い・・・

 日曜日の朝10時ごろ、義父から電話があって義母が起こしてもずっと寝たままだという。
 元々朝寝坊な義母なので、しばらく様子を見ていたら?と返事して、昼前に実家へ行った。
 様子を見に行ったら、規則正しい寝息で眠っているようだった。土曜日は病院も行ったし、おばさんにも会って長く外出していたので疲れたのだろうと思った。
 昼食を食べて、しばらく掃除とかをしてもう一度様子を見に行ったら、呼吸がおかしい。最初はいびき?と思ったけれど、それにしては呼吸が速い。脈拍を測ったらそれは普通だったので、呼びかけて起こしてみた。
 そうしたら、目はあけるけれど返事ができない。身体も動かない。土曜日の朝も同じような状態だったので、とりあえず水を含ませ、ジュースを飲ませる。
 かすかに手を握ったりはできるし、頷いたりはできるけれど、返事もできずに意識朦朧とした感じ。そうするうちに失禁したらしく、体中濡れてしまった。
 しばらくしても意識がはっきり戻ってこず、日曜日でかかりつけの病院での受け入れができないということで、救急車を呼ぶこととなった。
 
 ちょうど、搬入が終わった救急車が2台救急センターに帰るところだったらしく、我が家へは2台の救急車が駆けつけてくれた。
 部屋に入ってきた救急隊員さんの人数がやけに多いと思ったら、そんなことだったみたい。
 
 救急車に初めて同乗したけれど、信号が赤だろうが進んでいくのが不思議だ~とか思いながら、処置をしてもらっている義母を見ていた。
 心電図をつけて、血圧を測ってもらっていたが、緊急で命に別状はないようで、あまり緊迫した空気ではないのが救いだった。
 病院につくとすぐに血液検査をして、低血糖が原因と判断された。注射と点滴を受けて、義母は徐々に意識を取り戻し、一安心。
 けれど、認知症の症状が強く出て、ここがどこかも私が誰かもわからない状態がしばらく続く。
 1時間くらいして、点滴が2本目となった頃から、だんだんとここが病院で私が誰か、の認識はできたようだった。
 でも、なぜ、自分がここにいるかの認識はなく、前に入院している続きと思ったようで、言っていることは支離滅裂。
 3本目の点滴が終わる頃、やっとなんとなく状況がわかりつつあったみたいだった。
 
 実際、血糖値が極端に低くなっていて、そのまま放置していれば、体の機能も動かなくなり、危ない状態になっていたようだ。
 そういうときは、慌てず、角砂糖とかブドウ糖を口に入れてあげてくださいと言われた。
 
 振り返って考えてみれば、土曜の朝の症状も低血糖が原因だったのだと思う。(土曜の時点では、それが低血糖のせいだとは思わなかった。)
 ここ数ヶ月、夏のはじめ頃から、義母は起こしてもなかなか起きてこないと義父は言っていたが、実は、低血糖で動けない時もあったのではないか?
 とかく年寄りは、薬はきちんと飲まないといけないと思っているが、もしかしてちゃんと食べない時でも、薬をきっちり飲んでいたのかもしれない。だいたい、血糖値をさげる薬なのだから、きちんと食べてから飲まないと、血糖値はさがりすぎるよね・・・。
 それに気づかず、義父は、義母に薬を飲ませていたのかもしれない・・・。
 と、いうか・・・。普通、薬の種類も効能も説明して、病状も知っているのだから、どうすればどうなるか、判断できそうな気がするが・・・。
 最近、物忘れがひどいような気がする義父に、認知症を判断するテスト?(病院で診断に利用する問題)をさり気にしてみても、ちゃんと答えたりはぐらかしたり答えられなかったり。他の病気にかこつけて「一度、MRIなどの検査をしてみたら?(その時に一緒に認知症の検査?もしてもらってくれ~!と、密かに思う。)」と言うと「自分は絶対にぼけていない!」と言い張って、頑なに拒否をした。
 もしかしたら自分も認知症かもしれないという不安が言わせるのか、すでに認知症が始まっていてそう言うのか、どちらにしろ、普通ではないと思うのだが・・・・。

 月曜日に通院し、かかりつけの医者にことの経過を話すと、きちんと食事をした時に限って非常によく効く薬を処方しているので、ちゃんと食べないのにそれを飲むのは命取りと言われた。
 とりあえず、その薬を飲むのをやめて、普通に過ごしてくださいとのことだった。
 入院中にも、ちらりと医者は言っていたことだけど・・・。
 義母の糖尿病は、もう飲み薬では良くはならないそうだ。腎臓やすい臓の機能も年齢より10歳くらい衰えていて、ちゃんと機能していると断言はできないと言われた。。
 だから、これ以上悪くならない程度に治療をして、本人が楽しくおいしく過ごせるようにと、そんな感じのことも言われた。
 ゆっくりゆっくり悪くなっていく義母。急変することはないと思ってはいたが、年齢と季節を考えるとこれから先も心配は尽きない。

 とりあえず、要介護認定2が降りてきたので、その範囲内でのケアプランを作成中である・・・。

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2007.10.27

おばさん来る

 義母は5人姉弟です。姉一人、妹二人、弟一人。本当はもう一人弟がいたけれど夭逝したと聞いてます。
 2歳違いの姉とは特に仲良しで喧嘩もよくしたらしい。大きくなってからも遠慮なしに喧嘩するから、一時は音信普通な時があったくらい(^_^;) でも、やはり姉妹です。会えば仲良く昔話に花が咲きます。
 おばさんは名古屋の都心部に嫁いだせいか、生来の性格なのか、子どもがいないからか、実に元気です。80歳を迎えたと言うのに、すたすた歩くし電車にもバスにも私たちの世代に負けないくらい普通に利用しています。
 おじさんと二人暮らしですが、おじさんは要介護認定4の人なので、ディサービスを週3回ほど利用しているとか。
 今日はおじさんがディサービスに出かけている日なので、わざわざ義母の顔を見に来てくれました。

 本日、義母は病院の日だったので、終わった頃におばさんと合流すればいいねと予定をしていました。
 朝、実家へ行くと義父が「起こしても起きてこん!俺はもう知らん!」とお手上げ状態になっていました。
 おやおや・・・。と、見に行くと、様子が変。起き上がっているのだけれど、目は焦点があっていないし、呼びかけにも虚ろでちゃんと答えない。顔を見て質問をするんだけれど、意味はわかってないし、答えているものの言葉は不明瞭で聞き取れないし。熱はなかったけれど、背中とかさわったら、汗びっしょりかいているし・・・。
 一瞬、「キレたか?!」と、思いました。でも、気を取り直して、とりあえずパジャマ脱がせて、背中を拭いてあげました。トイレに行く?と聞いたら、行くと言うので、トイレまで支えて連れて行きましたが、自分ひとりでは立っていられません。
 そう言えば汗びっしょりだったし、寝起きだから絶対のどが乾いているはずと思い、お水を渡すと500mlくらいを一気にごくごく飲み干します。
 そうしながら声をかけているとだんだんと意識がはっきりしてきて、自分でも動けるようになっていきます。
 30分位したら、言葉もしっかりしてきて、いつものようにもどっていったのでホット一息。
 どうやら、低血圧で身体が動けなかったようでした。びっくりしました。救急車呼ぼうかと真剣思いました。

 病院で診察が終わる頃、おばさんと合流。一度実家へ帰り、そのあと食事をしに行ったのですが、久しぶりにおばさんと会って、いろんな話をしたせいか、おばさんといる間中、義母はご機嫌でしっかりしていました。
 おばさんも話よりはずっとしっかりしている様子に、ちょっと安心していたようで。(朝、おばさんが来るよ、と言ったら、とたんに元気になった義母です。やはり嬉しかったんだろうなと思います。)
 いつも世話になっているねと、私にまでお小遣いをくれておばさんは帰りました。
 駅でもエスカレーターには乗るものの、すたすた歩いて昇っていきます。降り際も危なげなし。「わからんことがあったら、駅員さんに聞くで、ここでいいよ。」と、改札もスムーズに抜け、自分で行き先を確かめて、迷いもなしに構内に消えて行きました。
 足元がおぼつかなくなってきた義父が「うらやましいなあ、あのくらいすたすた歩けると気持ちええやろなあ。」と言っていました。

 義母はおばさんと会って、気分がはしゃいでいたせいか、病院へ行ったり外食したりしたせいか、疲れたようで、家に帰ったらソファで転寝してましたよ。
 
 午前中降り続いていた雨も夕方にはやんできて、あわただしいなりに、今日も一日が無事過ぎていきます。
 ありがたいことだなあ・・・と、感謝な一日でした。

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2007.10.23

なんにでも歴史はあるものだなあ・・・

 認知症の義母を見ていて、いろんな疑問や問題が出てくるわけだけど、他の人たちはどうしているのかなあとググッてみる。
 そうすると、すでに認知症の親御さんを見送った人たちが自身の経験を後進のために赤裸々に綴ってくれているサイトを見つける。
 十人十色というけれど、いろいろな家庭があると思う。でも、共通していることは家族への愛と戸惑いと挑戦と絆だ。

 アルツハイマー型の認知症の場合、身体が元気だったら、それは長い間、病気と闘うことになるようだ。初期症状から末期症状へ至るまでの状態を綴ってくれていた方がおられたが、末期症状近くになるとそれはそれは大変なご苦労があったのだとわかる。
 それでも、人間の尊厳と人格を見守りつつ、「介護してあげている」思考から「介護させてもらっている」思考に変化していく様を書いておられて、頭が下がる想いだ。

 こうした、先人達の経験や苦労があって初めて、今の介護保険制度があるのだなあと思う。もちろん、まだまだ不備もあり、かゆいところに手が届く・・・とまでは行かないようだけれど、介護保険制度がスタートした頃から、認知症への世間の見方も少しずつ理解を深め受け入れられ始めているような気がする。一昔、ふた昔前に比べたら、今はずいぶんと介護もしやすい時代だなあと思う。

 実際に、経験者が「自分達のような大変な思いをする前に、これを読んで考え方を切り替えて欲しい」とか「介護は本当に大変だから、少しでも役に立ててもらいたい」と書いてくれた文章が、ずいぶんと役に立っている。
 何も知らずに直面したらパニックになるようなことも「こんなことがあるから」と知っていれば落ち着いて受け入れられることも多いのだ。
 見も知らぬ相手で、相手も自分のことなど知らないだろうけれど、どれほど「力」になってくださることか・・・と思う。

 こんな風にして、人というのは、一人ではないのだなあと思う。身近にいてくれる人、遠くで応援してくれている人、後進のために言葉を残してくれている見知らぬ相手。いろんな人に支えられて「生きている」のだなあと思う。

 明日は、脳神経内科の診察なのでバイトは休み。昼からは時間ができるので、自分の実家へ顔を出してこようと思う。 

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2007.10.22

認知症は進む

 義母の認知症は月を追って進んでいくようだ。日に日に進む・・・と言うことはないのがまだ救いかもしれない。

 この病気によくある話で、排泄器官の麻痺や排泄感覚が鈍くなる・・・と言うのがある。
 24時間一緒にいるわけではないので定かではないが、毎日通ううちになんとなくわかることもある。
 自分ではっきりと意思を持って「トイレに行きたい」と思う時と出てしまった事に気付かない時と「面倒だなあ。出ちゃったけど、あとで下着替えればいいかあ。」と思っているうちに忘れてしまう時と、大体3パターンが多いようだ。

 「行きたい」と言う時は良いのよね。自分からちゃんとトイレに行って間に合うんだわ。
 出てしまって気付かない時と忘れちゃう時。これが困る。リハビリパンツ(赤ちゃんで言うところのパンツ型おむつのこと)で過ごしているのだけど、横もれして滲みてきてしまうのよね。下着もズボンもクッションも濡れてしまうのだけど、それでも気がついてない時がある。気がついて「おかしいのよ、冷たいの」と人事のように言ってる時もあるんだけど(^_^;)
 まあ、気がついた時は慌てず騒がず「あら、濡れてるねえ。風邪引くとあかんで着替えよう。」と言うと素直に着替えるしトイレも行くので良いのだけど。

 本人が気付いてない時にこちらが気付いて、トイレに誘う時が一苦労。「したくないからいかない。」(そりゃもう出てるからしたくないよな(^_^;) とか「トイレは寒いから行きたくない。」(いや、まだ昼間だし、あったかいって今日。)とか、「1時間に1回は自分で行ってるから連れて行ってもらわなくてもできる。」(いや、すでに4時間とかたってるから)とか、そのほかいろいろな理由を作って頑として行かない。
 昨日は、時間を見計らってトイレに誘い、トイレまで連れて行った上の子に罵詈雑言を浴びせ、果ては「いやだったら、いやなの~~~!」と泣き喚き出して、さすがに旦那さんがキレて怒鳴っていた・・・。

 今日も夕ご飯を届けに行ったら、ちょうど「気付かないうちにしてしまった」か「あとでと思って忘れちゃった」時だったみたいで、家に入っても誰もいないので、はて?と思い探したら、トイレから義父の怒鳴り声が聞こえてきた。
 義父は気が短くせっかちな上に、言葉がきついから、怒ってなくても怒っているように聞こえる。
 どうも濡れた服とか着替える時に義父がかける言葉がきつかったらしく、義母は義父に悪態をついたらしい。そしたら、義父もぷちっとキレて「さっさと着替えやんか!」と怒鳴っていたところへ私が来た・・・と言う感じだった。
 下着をはきかえるのも、服を着替えるのも、靴下を履くかはかないかの確認まで義父に「これでいい?」と、いちいち聞かないと行動に移せないのに、悪態をつく時は10人前以上に義父を罵倒するので、そりゃ、義父もやるせないだろうなあ・・・と思う。

 毎日、義母に「トイレに間に合わないのも、気がつかないのも、病気のせいだからね。お義母さんは悪くないんだから、落ち込まずにね。間に合わないのに気がついたら、すぐに言えば、お義父さんも怒らず着替えさせてくれるから。ちゃんと言うんだよ。」とか「お義父さんは、お義母さんの体のことをちゃんと見て、考えてトイレに行けとか薬を飲めとか言ってるんだから、言うこと聞かないとね。」とか話をする。
 その時は、本当に真面目に「そうだね。自分は病気なんだから、少しでも世話をかけないように頑張らないと。」とか言うんだけど、多分、しばらくすると違う世界をさまよってしまって忘れちゃうんだろうなあ。

 これが認知症かあ・・・と、義母を見るたびに話すたびに、やるせない気持ちになる。本人はわかってないわけじゃない。人格もプライドもちゃんとあるのに、やることや欲望を通すことは3歳児になってしまう。
 なんだか、切ないような愛しいような哀しいような、そんな気分だ。

 とか、なんとか。私も半年くらい前に、駄々をこねて悪態をつく義母に怒鳴ったことあるんだけどね。
 お風呂に入る入らないで、まあ、すんげー理屈と嘘を繰り返すから、ぷちっとキレて。義父や旦那さんや子ども達にまで悪態つくもんだから、「いいかげんにしなさい!!!!」とテーブルたたいて怒鳴ったです。
 まあ、それから、怒鳴り声あげることはなくなったけど。家族なら一度は通る道らしい。入院前に上の子がその道通っていたし。昨日は旦那さんが通ったし。
 義父はどうなんだろう。何度も通っているのかな。それとも心底はまだ通ってないのかな。
 一度通ると、気持ちが吹っ切れるらしい。確かに。上の子は義母に対する態度がちょっと変わったと思うし。私は義母がどんな嘘や理屈を言おうが気にならなくなったし。

 んまあ、介護保険の認定が遅くとも今月中には降りてくるはずなので、そうしたらケアマネージャーさん頼んで、介護サービスの利用を具体的に進める予定。
 とにかく義父の精神的負担を軽減しないと、共倒れされると困るし・・・。

 って、感じの今日この頃。まだまだ、穏やかな介護的生活です。

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2007.10.19

朝の虹

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今はしとしと雨が降っているけど、朝は降ったりやんだりしてお日様も時々顔を見せていました。
バイトへ行こうと車を走らせ、ふと気がつくと、山の方に大きな虹が・・・。
きれいなアーチを描いて空にありました。これは写真を撮ろうと思っても撮り切れないので悔しいのですが、とりあえず何枚か撮影。
でも、15分くらい走ったら、もう虹はきえていました。

虹に向かって車を走らせ、ラジオからはいつもの楽しい番組が始まって、通勤30分、ちょっと長いけれど、まずまずの楽しみがいつもあります。(今度は冬にどれだけ雪に出会うか・・・・?(笑)

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2007.10.13

いつでもどこでも、みんなに「ありがとう」

Titll 「フュシス」と言うサイトを持っている。

 まだ、インターネットが黎明期でパソコン通信が主流だった時代。
 個人的な作品を形にして誰かにみてもらおうと思ったら、同人誌や自費出版や個展を開くという手しかなかったような時代。
 そんな時に、「フュシス」と言う冊子を作ったことがある。
1994年が第1号の発行だから、すごい、もう10年以上前になるんだ。96年に第2号を作った時くらいから、インターネットが話題になり、それから何年かの間に普及していった。私でもホームページが持てるくらい手軽な通信手段となっていった頃、サイト「フュシス」を立ち上げた。
 主要メンバーとして4人の名前を挙げてあるが、フュシス第1号では学生時代に仲の良かった友達が何点もイラストを書いてくれて参加してくれている。
 あれから10年以上、それぞれ自分のサイトを持っていたり、自分自身の創作を何らかの形で続けている。

「フュシス」のトップページにはこう書いてある。

「30歳を迎えたとき。まだまだ人生これからだぞと心密かに思った。
 10代、20代でため込んだエネルギーを秩序と情熱をもって爆発させることができるのでは・・・と思った。
 自分が自分のためだけに生きる人生の何年かがあっていいと。
 その何年間を悔いなく生き、他人のために使う人生を素晴らしいと心から思いたい。そう思った。
 同じ心持ちのメンバーが、わずかではあるけれど人生へのささやかな挑戦として、集いました。
 自分たちの捨てきれない夢を形にするために、組まれたユニット。
 それが「フュシス」です。」

 30歳の時点で私は、子どもを産み育てる時間、いつか「親」が年老い介護などをする時間、そういうものが半端ではないと思っていたのだと思う。
 自分のことなど後回しにしても取り組まなければ、全うしなければならない「人間としての行動」を悔いなく取りたいと思っていたのだろう。
 その時に「あの時こうしていれば」とか「あの時ああだったら」とか「子どものせいで好きなことができない」とか「介護のせいで時間がない」とか思うことが、「言い訳」や「愚痴」になるのがいやだと思った。
 だから、まだ若い30代のうちに、自由に時間が取れるうちにいろんなことをやって楽しみたいと思ったのだと思う。

 振り返って、とてつもなくたくさんの「楽しい」や「やりたいこと」をやってきたわけではないと思うが・・・。
 それでも、それなりに「楽しいこと」も「やりたいこと」もやってきたと思う。その時に付き合ってくれた友達もいたし、付き合うことで楽しいばかりではない思いをさせた人もいた。
 でも、今、考えると、その時その時で「これが最後かも」と思いながら、めーいっぱい取り組んでいたから楽しかったんだろうなと思う。

 親の介護が現実となり、自分の時間を前よりずっと取れなくなった。子どもの学費や家計のためにアルバイトをして介護して、と毎日が流れて出すと、本当に自分の時間が取りにくい。
 でも、今を気にせずにいられるのは、ありがたいことだなあと思う。もちろん、自分だけの努力ではできない。家族や周囲の人たち、友人達との繋がりや好意や協力があったからだ。
 その時その時も「ありがたい」「幸せだなあ」と思いはしたが、こうして本当に自分の時間が取れなくなり、行動に制限がかかると、改めて、それらの人々に「ありがたい」「幸せだなあ」としみじみ思う。

 ここから先、どれだけ今の時期が続くのかわからないけれど、ある程度終わった時、「みんなよく頑張ったね」「みんなありがとう」と言えるように過ごして生きたい。

 ああ、それと、みなさん。時々は息抜きしたいと思うだろうから、その時に「付き合ってやろうじゃないか!(*^_^*)」と思ってくれたら、是非にも付き合ってください。きっと、そういう暖かい気持ちが私のエネルギー源になると思うから。よろしくお願いしますm(__)m

 なんてことを思う今日この頃。
 サイト「フュシス」は今でも運営しております。と、言ってもこの半年くらいは更新何もなしですが・・・(^_^;)今後も更新は停滞するだろうけれど、良かったら見てやってください。(って、言っても、目新しいものは何もないですが・・・(^_^;)

「フュシス」 → http://homepage3.nifty.com/fusiite/

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2007.10.12

秋であります

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いつまでも暑い暑いと言いながら・・・気がつけば秋ですね。
庭先の金木犀も今が盛りと良い香りを漂わせています。
通勤途中で見つけたコスモス畑。
いくつかルートがあるので、今日も新しい道を開拓しようと探検していた途中に見つけました。
ガソリン代も馬鹿にならない今日この頃ですが、こんな発見もあるのでやめられません(笑)

退院してきた義母は認知症が進んでいて、排泄器官の感覚が通常より鈍くなっています。当然、間に合わなかったり、気がついてなかったりします。
で、自分が気がつくと、自分ではどうしていいかわからず、かと言って誰か(義父や私)に世話をかけるのが悪いとか恥ずかしいとか言う思いから、排泄したことをひたかくしにします。
ん~~、これは、お風呂に入らない以上に問題なのだなあ・・・。
来月初めには介護保険の認定が降りてくるだろうから、そろそろ介護サービスを受ける段取りをしなくちゃ~~です。

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2007.10.02

秋です

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 気温が上がったり下がったり。季節の変わり目ですなあ・・・。
 今日は比較的暑かったので、義母をお風呂に誘いました。一緒に入ると言っても、自分は服を着たままですが(^_^;)
 嫌だ、嫌だとごねていましたが、それでも入るとすっきりして良かったと言ってましたので、良かった良かったです。
 
 なんや今日は暑かったけど、秋はそこかしこですなあ。
 前にもチラッと書いたけど、通勤途中の田んぼのあぜには彼岸花が咲き誇っております。これが見えなくなると秋も一段と深まって、冬への準備を始めるんでしょうねえ。

 ケーキの頒布会を取ることにしました。月に一度、季節に合わせたケーキを宅配してくれるのです。
 大きさも18センチとそこそこ大きいサイズ。それを家まで運んでもらって月々2100円は安い!
 義父母の世話やら家の手伝いをしている子ども達へのご褒美に。(とか言って、自分もしっかり食べるんだけど(笑)

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2007.10.01

退院してきました

 先週の土曜日、無事?義母は退院してきました。退院して3日目。毎日実家へ行って義母の面倒見たり、ご飯作ったりして帰ってきます。

 さて、無事・・・と言うのも微妙ですが(笑)
 義母は、入院前、入院中からぶっ飛んだ嘘や妄想?や、つじつまの合わないことを話していたけれど、それは帰ってからもあまり変わらないです(^_^;) まあ、実被害?はないので、みんな、適当に話をあわせて頷いていますが・・・。そうすると、会話が進むので、「まあ、いいかあ~」って感じです。
 実は入院前からかなりトイレが怪しかったのです。本人は絶対に認めなかったんですが、洋服やパジャマを見ると明らかに・・・な時があり、そのまま椅子とか座るので部屋が臭ってたりしたんですわ・・・。
 入院してからは紙おむつになってしまったので、退院してからが心配だったのだけど・・・。
 自覚があるのかないのか。いつトイレに行きたいのかをわかっているのかいないのか。それすら周りにはわからない状態。
 毎日一緒にいれば、それもわかるのかもしれないけれど。ん~~、なんだか、子ども達がオムツトレーニングをしていた時みたいな気分。
 一緒に暮らして、始終一緒にいるのに、義父はそんな義母の様子をまったくわかっていなかったので、入院前は時々「おお~~っ」と言う事態に遭遇もしてたのですが、退院してからもそれは変わらず・・・。
 「朝起きた時、昼ご飯の前、晩ご飯の前、寝る前は、必ずトイレに誘って、トイレで用を足すようにしてあげてね。もし、その時に汚れていたら、何も言わずに新しいものに換えてあげてね。」と散々言って帰ってきたけれど、今日、昼過ぎに行ったら「トイレは行きたくないと言うから行かせてない」と義父は言っていました。
 いやあ、それはいかんぜよ、と、昼ご飯の前に「出ても出なくてもいいからトイレに行こう。ずっと座っていると足が動かなくなるから、出なかっても運動代わりになるしね。」と誘うと、「行きたくない」と言っていた義母も自分で歩いてトイレに行きました。
 案の定、オムツにしてあったんだけど、それは言わずに「新しいのに換えてすっきりしようね。」と言ったなら、替えもさせてくれました。

 入院前も入院中も退院後も、何かにつけてお風呂とトイレを嫌がる義母。いろんな言い訳をして、いろんな嘘をついて、いろんな理屈を並べて、拒否していたけれど・・・。
 やっぱり、失敗してしまったことを知られるのがイヤで、失敗して怒られるかもしれないと怖くて、失敗して世話をかけるのがイヤで、そんなこと言っていたんだろうなあ・・・と思います。
 なんか、それって哀しいなあ、かわいそうだなあ・・・と思いますです。いや、自分でトイレがうまくできないことが、じゃないです。誰だって、病気になったらそうなるんだもの。歳とって、足腰立たなくなったらそうなるんだもの。
 それじゃなくて、怒られたらイヤだとか世話かけたらイヤだとか、そう思う気持ちがかわいそうって言うか・・・。そんなの気にしないで誰かがしてくれるうちは、割り切って頼ってほしいなあと思います。 

 そう言えば、家の片付けや掃除も、自分ではどうしていいかわからなくなって掃除の順番もすぐに思いつかなくなった頃でも、絶対に「自分がする」と頑なに拒んでいたなあ・・・。
 入院中に片付けてて思ったけれど、いつからそうなっていたのか、秩序のない片付け方を目の当たりにして、「これを知られるのが恥ずかしかったのか~」と思いました。
 いや、しっかりしている時のことを考えると信じられないくらいの秩序のなさだったので・・・。自分でも「だらしない」と思われるのが恥ずかしかったのだと思います。

 入院中は週末ごとに実家の掃除に出かけていて、毎週毎週ものすごい量のごみが出てきて、実はまだ半分くらいしか片付いてないんですが(^_^;)、その量の多さに、「なんて無駄な暮らしをしていたんだ」と虚しくなりました。
 まあ、とにかく、ごみ袋は45ℓの袋に100個は軽く出たと思います。それみんな「お金」だったのにねえ(笑)
 もっとシンプルに、もっと身軽に暮らさないと・・・と真剣思いましたよ。
 私、まじで、還暦まで生きていたなら、一度、今までのものをすべて処分しようと思います。そして、本当に要るものだけ、手元に残せたらなあと思います。(できるかどうかは別ですけど(笑)

 なんか、話しがあちこちに飛んでしまいます。これからは、介護日記になるのでしょうか(笑)それもそれでいいかあ。
 毎日通うのも、ご飯を作りに行くのも、掃除をしたり、行った時だけでもトイレや入浴の世話をしたりするのも、あまり苦労とは思いません。不思議なことに。いやだとかも思わないんですよ。
 イヤだなあと思うことがあるとすれば、こんな事態になっているのに、家族の誰かが「逃げている」状態になったら、それが一番嫌なことだろうと思います。
 
 とは、言うものの、いろいろあるんですけどね(^_^;)それはまた後日、ここで愚痴ることにします(笑)

 そんなわけで、退院してきた義母ですが、再入院しなくていいようにみんなで頑張りたいですね~~~。

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