« December 2007 | Main | February 2008 »

January 2008

2008.01.30

とりあえず・・・

Dsc02494  週一回の血管外科の受診。義母の左足はすでに薬指が壊死を起こしていて、指先が黒く変色している。指と指の間も癒着しないようガーゼを施しているが、潰瘍ができたりなくなったり。
 週3回の血管注射が効いているせいか、毎日の消毒が功を奏しているのか、急激な悪化がないところが救いかな。
 診断は、「このままの状態で維持できるなら、足の切断はないです。他の指に壊死が広がったり、化膿して熱がでたり、現在壊死している指の付け根などの痛みを感じなくなったら、その時は切断となります。なるべくその事態は避けたいので、週一度の診察は必ず受け、週3度の注射は欠かさないようにしてください。」と言うことだった。
 血管注射を打ってもらうと、血管が広がり血流がよくなるからか、それで神経が過敏になるのか、注射をした日は特に痛みを訴える。あまり飲みすぎてはいけないと思うのだけど、頓服に頼り、痛みをやり過ごしている。

 先週金曜日、義父がとうとう脳神経科を受診した。ここ2、3ヶ月、物忘れがひどく、それが年齢によるものではない感じだったので、前々から受診を進めていたのだが、義父はそれを拒んでいた。
 けれども、年明け早々、義父に任せて義母の足を悪化させたことで、義父自身が不安を感じたようで、何十回目かに旦那さんが言った「行くぞ」にYESと返事したのだ。

 認知症の問診を行い、脳と海馬のCT撮影をした。
 義父は会社に勤めていた頃は経理にいた。計算は昔から得意で、今でも計算は間違うことはない。自分や義母や旦那さんの生年月日もすらすら言えるので、自分では大丈夫と思っていたらしい。
 が、今あったことを覚えていられない。医師との会話で3つの単語を覚えてくださいと言われ、しばらく雑談や昔のことをたずねられたあと、その3つを聞くと覚えていなかった。今日の日付やその時のだいたいの現時間も答えられず、野菜や動物の名前も3つくらいで続かない。
 CT撮影の結果を見れば、脳や海馬が縮んでいるのがわかる。このまま放置していれば、近いうちに本格的にアルツハイマー病の扉を開けていただろうと言われた。
 今なら、進行を遅らせる薬を飲み、外との繋がりを積極的に持つことで、進行は驚くほどゆっくりとなり、日常生活も普通にこなせるだろうと言うことだった。

 とりあえず・・・。
 現状維持の日々が続く。一番心配なのは、義母が足のことや糖尿病のことで入院となってしまう時のことだ。
 義父を一人にしておくのは不安だし、何より、配偶者が目の前からいなくなってしまうことで、義父の認知症の進行が早まりはしないか。反対にしっかりしてくれれば良いけれど・・・。
 そして、入院することで、義母の認知症がひどくなりはしないか。足を切断となった時、義母のことだから、寝たきりになってしまう気がするし。
 同居を考えもするが、寝たきりになった義母と認知症の義父の二人を介護する自信は先ずない。では、どうするか・・・。だけれど。
 まあ、まだ、当分は今のままで暮らせるのだから、あまり過剰には心配したくない。けれど、どの道をどの方法を選ぶにせよ、覚悟だけはして明日からも頑張るしかない。

 と、書いてしまうとかなり深刻な感はぬぐえないのだが、今はいたってのんびりしたものである。いろいろと批判はあれど、介護保険のおかげで、ずいぶんと助かっているし。また、介護や認知症についての周りの認識が一昔前に比べて、格段に深まっているおかげで、その大変さや深刻さを理解してくれているし。
 また、今のバイト先が、義母のそういう状態を説明すると、充分に介護をしてあげてくれとそちらを優先してくれるのも、ものすごく助かっている。

 足が痛くてうなっている義母や、足元から忍び寄る老いと病魔の不安と必死で戦っている義父を見ていると、なかなか辛いものがあるが、私自身はまだ、周りやいろんな人のおかげで平常でいられる。とてもありがたく。言葉で表せないほどの感謝でいっぱいな毎日だ。

| | Comments (0)

2008.01.23

なんとか・・・

200801221630001_2 200801210924000

 本日、義母の週一度の血管外科の診察日。加えて、脳神経科も受診してきた。先週土曜日には内科も受診。
 結論から言うと、糖尿病は何とか悪くならずにすんでいるようで、他の内蔵の機能も著しい変化はないと言うことだった。今日の脳神経科も悪くはなってないと言うことで、現状維持を心がけるようにとの指示。血管外科の方は、とうとう左足の薬指が壊死を起こし始めたとの診断。「うお~~、切断か~~!!??」と、一瞬思ったが、「まだ化膿していないし、傷口もきれいなので、絶対この状態を維持すること。万が一ばい菌が入り、化膿してしまうと、切断は免れない。切断する時は膝から下を切ることになる。」と診断され、一息つくやらびびるやら(^_^;)
 とにかく、首の皮一枚で繋がっている・・・みたいな気になってしまったけれど、なんとか現状維持していける可能性は残された。

 「ほんまにも~~、わがままはいいかげんにしなはれ~~」と思いつつ、「つらい」を連発し義父に悪態をつく義母を励ます毎日である。
 頑張れ義母!頑張れ義父!

 ところで全然関係ないけれど、一枚目の写真はこの間のわんことにゃんこ。にゃんこは写真に写っている毛布で寝ていたが、写真撮りに近づいたら起きちゃった。
 2枚目は朝の山脈。少しだけ雪をかぶっているけど・・・わかるかな?

| | Comments (0)

2008.01.20

スムーズな介護をするには?

 で、義母の足は・・・。どんどん悪くなっているような気がする。
 先週水曜日に血管外科を受診した時に医師から「足の怪我も多分治らないでしょう。動脈硬化も良くはなりません。何もしないで放置しておけば近いうちに確実に切断ですし、指だけ切断しても術後の傷は治りませんから、切るとなると大事になります。今は、まだ、何とか持ちこたえそうなので、毎日の消毒と週3回の注射をして、悪くしないことが大事です。」と言われる。

 ベストな状況を、ベターな状況をと、願う私たちの願いは、なかなか義父に受け入れてもらえない。
 極端な話し、義父や義母の気持ちを無視して助けようとするならば、義父から隔離して入院させるのが一番だろうと思う。そうすれば、糖尿病の管理もでき、足の怪我や動脈硬化の悪化も防げるだろう。入院先へ認知症のリハビリ?も依頼すれば、こちらの進行も悪化はしないと思う。

 義母の病気だけに関して言えば、義父の覚悟のなさがこの事態を引き起こしている。
 けれど、田舎の新家(次男坊)で親の援助をあまり受けず、二人だけで何もかも築き、病弱だった息子(旦那さんのことね)を育て上げ、今は近くに息子家族が住み週末になると遊びに来て夕食を一緒食べる。元気の良いうちはお互いに干渉しあわず、好きに過ごして、困った時は家族で乗り切る。老後は夫婦で穏やかに隠居生活を過ごす・・・。そんな「夢」を実現しかけて、80歳を前に挫折してしまった義父の覚悟のなさを責めることはできない。

 義母のことにしても、どこかへ出かけるとか買い物をするとかそういうことが好きでなく、家で穏やかに過ごせればそれでいいという、本当にささやかな願いを、病気だからと言って安易に入院して壊したくなかった義父の気持ちもわかるし。もう少し、義母にも気力を持って、今の状況と戦ってほしいのだろうなあとも思う。

 実際、義母は気力を失っているし、でも、痛いこと苦しいこといやなことからは必死で逃げようと子どもじみた嘘や理屈や言い訳で事を回避しようとしているから、それを曲げて言うことを聞かせることは義父にはものすごい労力を必要とし心底疲れてしまうと思う。
 夫婦のことは自分達でしよう!と固く決意して頑張っているのだろうけれど、状況はそんな義父の覚悟や決意をはるかに上回る強さと速さで進んでしまう。それを受け入れられない、と言うか気付かない義父に「老い」を感じて辛くなる。

 義父は結果的に中途半端に投げ出してしまい、私達に余分な負担がかかるのだが、これをどうにかするために「義父の尊厳」を破壊したくはない。
 多分、義父よりは若く柔軟でいろんな所へ相談に行ったりしている私たちの方が、公的私的サービスを使ってもっと楽に介護をし、日々暮らせるような計画を立てられるだろうし、実際にそうできるだろう。少なくとも今よりずっと楽になれるケアプランもあるのだ。

 世の中の介護を背負っている家庭が大なり小なり陥る「矛盾」や「憤り」や「戸惑い」や「迷い」や「閉塞感」を我が家も味わっている。これは介護の重さに関わらず、誰もが感じることなのだろうなと思う。
 今、思うことは介護の大変さではなく、「気持ち」や「尊厳」をいかに損なわず、介護を進められるか、だ。
 介護される本人だけではなく、介護が必要な本人と共に暮らしている人の「気持ち」や「尊厳」をいかに守り、スムーズな介護ができるか。これからの時代はそういうことも論議されるべきだろう。

| | Comments (0)

最近の夢3つ

最近の夢。けっこう毎日のように見ているし、一日のうちに何個も見るけれど、忘れていることが多い。
この間は、神社のようなところへ行ったけど、なにをしていたかは覚えてないなあ・・・。

で、覚えている夢を書いておこう。


 娘二人と義父を連れて、電車で旅行をしている。電車の窓からは晴れた空に映える山脈が見える。山脈の頭にはうっすらと雪がかぶっていて、とてもきれいだった。
 たどり着いたところは、前にも来た事があってなんとなく位置関係がわかる。自分達が泊る旅館は、今いるところから一区画離れているところにあることがわかるので、タクシーで行けばいいと思っていた。


 これまた、義父が出てくる。最近、毎日義父母にあって、義父にも言いたいことが山ほどあるせいか(笑)
 夢の中で再生ゴミの日。
家の向かい側の少し離れた場所がゴミ捨ての場所。私はすでにゴミは捨ててきた。車に乗ってやってきた義父が、ゴミを箱ごと持ってきて、トランクからゴミを投げ捨てた。ゴミは大きな音を立てて散らばる。近所のおじさんが大声で「やかましい!」と叫んだ。私はそのおじさんに謝りつつ、義父をしかりつつゴミを集める。軍手をはめて集めようとするが、全然はめられないので、素手でゴミを集めた。


 Rさんから電話があった。私が留守の間、集めていた石を預かってほしいから置いてきたのでよろしく、という電話だった。
 家に帰ると、まるで、お墓の区画のような、高さが1メートルくらいある石段が4個ほど組まれていて、そこにいろんな石が置いてあった。
 よくこれだけいろんな種類の石を集められたなあとかどうやってこれを運んできたのだろうとか思って眺めていた。
 天然石でできた結晶のような物や、大理石でできたもの、石を削って作ったようなものとかいろいろあった。一番覚えているのは、大理石なのか象牙なのかはわからないけれどベージュ色した直径5~10センチの円筒形のもの。表面にはこげ茶色でスズメの絵とヴィトンのモノグラムのような模様が書かれていた。

 と、言うことで、覚えている夢だけ。ちなみに①と②を夢占いで占ったら両方とも「恋」に関する夢で、その恋は思うように叶うと出た。ほほ~~~(*^_^*)

| | Comments (0)

2008.01.16

浅田次郎トラップ(笑)

200801151518000 200801152004000 うちの旦那さんは読書好きだ。古本屋で買ってくるので、ベストセラーでも少し流行が終わってから読むんだけど。
浅田次郎は、ここ1,2年のお気に入りで、時々本を買ってくる。で「この本は面白いよ。」と私の枕元に置く。
そう、我が家は寝る前の30分とか1時間によく読書をするのだ。ベッドに横になってお布団に包まって読書をする。
一番最初に私が読んだ浅田次郎は「壬生義士伝」だった。ちょっと前にドラマ化されたり映画化されたりして、そちらの方は見ていたので、とっつきやすそうと薦められるままに読んだ。
そしたら、あーた。そんなもの、30分や1時間で終わりませんがな。面白いもんだから最後まで読んじゃって。うかつにも徹夜してしまいました。はい。
で、その次は「椿山課長の七日間」だった。これもまた、「面白かったよ。」と枕元に置いてあって、何気に読み始めて・・・。
あかんでした。はい。途中でやめられませんでした。またしても徹夜してしまいました。(夜眠るのが12時くらいなので、そこから約3~4時間くらいで、眠気と戦いながら読むのです。)
そして、お正月。今度は「憑神」だ。いやあ、さすがに3回目ともなると徹夜するほど面白いとわかっているから、うかつには読まなかった。徹夜しても次の日が朝寝坊していられる日を選んで読んだ。はい、やはり、読み終わったのは朝の4時前。
正月休みが明けた週の枕元には「蒼穹の昴」が置かれているが、これを読む機会はまだ訪れない。

ちょっと、目先を変えて、先週の連休は京極夏彦を読んだ。この人の本も分厚いので何時も読むのをためらってしまう。
「嗤う伊右衛門」はずいぶん前に読んだが、あの本はそう分厚くなかったし。四谷怪談がベースだったから読みやすかったし。そのせいか理屈っぽくなくわりとすらっと読めたな。
今回読んだのは「魍魎の匣」。しかし・・・。む~~、あれがいいと思う人もいるんだろうし、あの知識目当てに読む人もいるんだろうから、それはそれでいいんだけど。私には向かない(笑)
京極堂があかんわ・・・・。関口君もあかんわ・・・。榎木津君は良かったけど・・・(^_^;)
お話し自体はね、良いんだけど、ん~~、あれなら横溝正史で満喫してしまったからもういいや・・・みたいな。(てか、横溝正史と並べてどうする?みたいな意見もあるだろうが・・・)
それとも、他のシリーズはもっと違った趣きなんだろうか。あまりにも分厚くて、手に取る根性がないのだけれど・・・。

とにかく・・・(^_^;)旦那さんが薦める本は気をつけなくてはいけない。なぜなら、私の睡眠時間を確実に奪うからである・・・(笑)

関係ないけど、一枚目の写真。わんこの足元に注目してください。二人は仲良しで、彼女がくるとわんこは自分の餌を分けてあげているのです。
2枚目の写真は中国のお茶・・・だと思う。頂き物です。甘くて、香りが良かったです。

| | Comments (0)

2008.01.09

で、義母の足は・・・

 土曜日の診察で、来週にでも血管外科を受診してと言われていたので、さっそく義母を連れて本日受診してきた。
 触診と問診のあと、血液の流れを検査する。(検査室へ入っていったのでどんな検査だがわからないけど)その後、さらにマイクを使って医師は足の血液の流れの音を聴いていた。サーッと音がしているのだけれど、その音が正常なのかどうなのか私にはわからなかった。
 医師の机の上には検査結果のカルテが置いてあったので、それを見ていると「右足 動脈狭窄の疑い濃厚」つまり血管の通り道が狭くなったりしているってことで・・・。「左足 動脈硬化の疑い濃厚」と書いてあった。
 週末にネットでぐぐってみたのだが、義母の症状は「閉塞性動脈硬化症」の症状と酷似している。ただ、足が痛い、むくんでいるで済ませていたら、確実に壊疽を起こして、切断しなくてはならないだろうということも、承知済みで受診したのだけど。
 医師の所見は、予測していたこととそう違わないものだった。このまま処置をせずにいれば、足の切断は免れなかったようだ。
 年齢と認知症・糖尿病・甲状腺という病気を考えると、手術は勧められないと医師は言う。 とりあえず、一日置きに血管を広げる注射を打ち、毎週診察を受けるように指示された。む~、毎週診察を受けなければならないほどの事態なのだなあ・・・。

 現状を淡々と語ればそんなところかな。
 まあ・・・。ずいぶん前から足のむくみも訴えていたから、内科医も私達も、お風呂は毎日と言わないけれどせめて3日に一度は入るように、入れない日は足湯だけでもするように・・・と、義母にも言い聞かせ、義父にも言ってきたけれど。
 「俺がするからかまわないでくれ。」と言う義父に任せてきてこんなことかと思うと、義父の老いも本当は相当のものなのだなと思う。

 どんなことも時間をかければできるのは義母だけでなく、義父も同じだ。
 私達がいる時だけでもとあれこれ手伝うが、若い分、動ける分、義父よりも早く正確にできるのは仕方がない。それを見て「俺にできるのはゴミ捨てだけか。」と落ち込みすねる義 父。
 さらに最近では物忘れがひどくなり、数日前に言ったこと、昨日あったこと、さっき言ったことも書き留めておかないと、何度も同じことを繰り返し聞く。
 義母への対応も毎日の決まったことはできてはいても、ちょっと変わった事が起こると「どうしてこんな対処をしたんだろう?」と首をかしげることが多くなってきた。
 それでも何とか自分でできることは自分でしよう、なるべく頼らずに頑張ろうとして一所懸命な義父を思うと、あれもこれもを義父から取り上げてしまうのは考え物と思ってきた。
 だから、とりあえず義父の好きにさせて、その隙間を埋めるように私達は行動をしてきたが、それもとうとう限界が来たみたいだ。特に義母の病気のことに関してはそう言っていられない所まで来ている。
 
 この半年。こちらがすること、進めることを、私達ができない時には義父にしてもらいたかったが、気が短いせいか自分も病気か何かで無理なのか、できた試しがない。
 思うように動けない自分に腹が立つのか、自分もこんなに頑張っているのに義母があっけらかんと人に頼り義父に頼り何もしないのが腹立たしいのか。最近、義父は怒っている時間が増えた気がする。
 せめて自分達がいる時はゆっくり休んでくれと言っているのに横から世話を焼いてくる。「お義父さんは我慢強いから何でも自分でしようとするけれど、大変な時は頼れるものに頼った方がいいよ。それが私達でも、介護サービスでもいいから、辛い時は頼るんだよ。」と言ってみても、頼ることがいやなのか頼ること自体が面倒なのか、なかなかそれもしない。
 少しでも義父の負担が軽くなるようにと、毎日晩ご飯の用意や義母の着替えやトイレの介助をしているのに、同じように引っ付いてきて世話を焼く。そうするとそんなところはしっかりしている義母が「嫁さんが来てしてくれてるのに、あんたが来ても怒ってばっかりで何にもならんから、あっちへ行っていて。」とか言う・・・_| ̄|○ それで、義父は怒ってしまって違う部屋で一人すねているのだ。

 まあ、ともかく。義父一人で義母の管理は無理だと、半年前から言っているのに手をこまねいている義父と旦那さん。どうしたものかと思案の最中、義母の足はどんどん悪化してしまった。
 まだ間に合うけれど、完治はしないことはわかっている。下手をすれば、あっという間にさらに悪化して、足の切断も現実化してしまうだろう。とにかく、こちらの方が重要課題だ。
 でも、義父も精神的にも体力的にも辛いに違いない。こちらも何とか本人が気持ちよく自分から行動を起こす方法はないかと模索してきたが、そんな猶予はなくなってきている気がする。

 目の前の苦痛やいやなことから逃げてばかりいた義母と義父。こんなふうにツケを払わなければならないことに、気がついていたのだろうか。
 わがままが過ぎるにもほどがあると、前々から思ってはいたけれど、この期に及んでも、まだ目の前のわがままで、本当にしなくてはいけないことを回避しようとするのにはびっくりしてしまう。
 もう、そういう段階ではないということを自覚して欲しいが、義父はともかく、義母には無理かもしれない。
 少しでも、本人の希望を多く叶えてあげたいが、命に関わることには断固「NO!」と言わなければならない時期に来たみたいだ。

| | Comments (0)

2008.01.06

最近の義母の様子

 義母は、認知症の方はゆっくり悪くなっていくけれど、穏やかに過ごすことができれば3歳児5歳児の理屈とわがままと素直さで過ごせます。生活の大半を3歳児5歳児の判断力と本能で生きている割りに、都合の良い時(周りから見るとそう見える)は、78歳に戻ります。
 若い時から自分が一番正しいと思っていた義母は、認知症になってしまっていても、自分が一番正しいという理屈で、自分のいやなことやりたくないことは断固避けようと頑張ります。
 それでいろいろと問題も起きるのですが、そこで起こる問題点は介護保険などを使ってクリアしています。

 でも、糖尿病から来る合併症の方は、ちょっと気を抜くと急速に悪くなるのでびっくりします。こちらの方はきちんと生活と食事と薬を管理しないとあっという間に悪くなるので気を使います。

 今回の足(血行不良が高じてひび割れた足が膿んでいた)も、むくみはあっても大晦日に普通で元旦に行った時も普段と変わらなかったから大丈夫と思って、2日ほど義父一人に任せて様子を見に行かなかったんですね。
 これで2回目です。大丈夫と思って2日ほどあけると、何かしら悪くなっている。と、言うことは義父は一日くらいなら何とか管理できるけれど、2日以上は義母の生活を管理しきれないってことです。それが義父も何かしら病気のためなのか、義母のわがままが過ぎるせいかの判断は微妙なところですが・・・。

 ともかく・・・。今度からは2日はあけられないなあと思ってます。まあ、それでも、義母は完全介護が必要な状況でもないし、上手に誘導すれば、なんでも自分でできるので楽な方だと思います。

 病院通いも最低2週間に1回。神経内科のある日は2週間のうちに2回ある時もあるし、デーサービスに週1回行っているので、義母のペースにしたらお出かけが多いほうです。
それに付き添うとほぼ一日付き合うことになって、大変な時もありますが、そのお出かけがあるから外へも行くんだと思ってます。でないと本当に外へ行かない人なので・・・。
 デーサービスは、自分のわがままで行かない!と駄々をこねることが多いのですが、さすがに病院は「行かなくては!」と思うみたいで、ごねていても行こうとします。
 今回、足がひび割れていたことからしばらくお風呂は我慢ねと医者や看護士に言われて、とても嬉しそうだったので、足が治ってもそれを盾にデーサービス嫌がるだろうなあ・・・・(^_^;)

 まあ、最近はそんな感じです。

| | Comments (0)

2008.01.05

そう言えば・・・そうかも

 ゆりすさんという方がみえる。前にご自身のブログで「いつもよりたくさん食べていて、お腹さん大活躍で、なぜかと思ったら、お腹さんがバタバタを引きうけてくれていた」みたいなことを書いていらした。

 で、ふと思った。

 実は、お正月前くらいから、気分はのんびりしていて、時間も切羽詰ったようには流れてなかったのだけど、妙に胃の具合が良くなかった。
 ちゃんと食べられるし、リバースするわけでもなく、時々ちりりと痛んだりはするけれど、それで終わる。
 実は、認知症の義母に加え、義父の物忘れがひどくなり、何かと戸惑うことや滞ることが多くなった年末。それは年が明けても一緒で、義母の認知症は時々ぶっ飛んだことも起こしてくれて、我が家を振り回してくれる。

 で、ふと思った。

 気持ちはね。なんか、全然なの。腹が立つとか疲れるとか、ええ加減にせいとか、多分、旦那さんや子供たちがぐちぐちいうほど私は思ってないらしい。なんかケロッとしているの。不思議なくらい。
 今日も、大晦日にはむくんではいたけれど特に何もなかった左足が、どういうわけかぱっくりひび割れて血がにじみ膿まで持っていた。ちょうど診察の日で、靴下を脱がして診察した内科医が開口一番「毎週水曜日に血管外科の先生が診察を行うから、来週さっそく受診してください。」と言う。糖尿病で、足の状態を見てそう即答されれば、最悪どんなことが起こるだろうという想像は難しくはない。
 そういう事態になってみて、旦那さんも義父も内心びびっていたようだが、不思議と私はケロッとしている。

 で、ふと思った。

 いろんな気持ちや感情や愚痴や不安やバタバタは、全部お腹さんが引き受けてくれているのかもしれないなあって。
 そんなふうに思いついたら、「ああ、お腹さんありがとう。私も頑張るね。」となでなでせずにいられなかった。

 と、言うわけで・・・。
 そう言えば、そうかもなお話でした。

| | Comments (0)

2008.01.03

と、いうわけで・・・

Dsc02453 Dsc02468 Dsc02464  お正月は京都!というわけで、今年も新年早々行ってまいりましたよ。
 朝ごはんには旦那さんリクエストの新福菜館で朝からラーメンです。ここのラーメンはそんなにくどくないので朝から頑張れます。いったのは9時ごろでしたが、モーニングラーメンの時間がちょうど終わりかけの頃でした。(モーニングラーメンなんて本当はありませんよ(笑)でも、京都は都会なせいか、どう見ても普通な感じの人も朝からラーメンを食べるようで、その時間帯が8時前後から9時前後といった感じなのです(^_^;)

 おいしくラーメンをいただいたあとは、京都国立博物館へ。ここは拝観客は駐車場が無料で利用できるので嬉しいです。おまけに平常展のみの場合、学生割引が大きく、小中学生がいると家族(大人)まで割引があるのがさらに嬉しい。
 寺社の刀剣を展示してあるということで、八坂神社や愛宕神社に奉納された刀剣が展示されてありました。奉納された時代や神様に合わせて設えた刀剣はそれぞれの特徴があります。どれを見るにつけても、歴史や神社などの知識があるとさらに楽しめるものです。そう多くない私の知識でも、神様のことや時代のことを話しながら見て、子ども達は「なるほどなあ」と頷いていました。

 そのあと、初詣に上賀茂神社へ。今日はお正月だからかお馬さんも厩舎におりました。写真撮影する人はたくさんいるけれど、にんじんをお供えしてくれる人はあまりいません(^_^;) 下の子がにんじんをあげると嬉しそうに鼻面を手に押し付けて食べてくれたそうです。ここのお馬より、多度大社の錦山号の方がお茶目な感じ(笑)
 お正月ということもあって家族連れが多かったです。でも、ごった返しているわけでもなく、お正月らしい賑やかさでした。
おみくじを引いたら、旦那さんが末吉、子ども達が吉、私が中吉でした。それぞれ、「なるほど!」な内容で、神様はちゃんと見てはるんやなあ・・・・と妙に感心した次第。

 そのあとは、気になるお店の場所を探して市内をドライブ。ナビゲーションに案内を頼んだあら、肝心なところでフリーズしてやんの。このナビはいつも大胆不敵に道を外してくれるけれど、今回はナビゲーション拒否かい(笑)
 お正月の3日なので、個人のお店は閉まっていることが多かったなあ。さすがに繁華街は開いていたけれど。ちょっと外れるとやっぱりまだまだお休みのお店が多かったです。

 いつもの駐車場へ車を停めて、てくてく歩く。繁華街に近づくにつれ、人も多くなり、ざわめきも大きくなります。町中の静かな雰囲気も繁華街の賑やかさもお正月らしいですねえ。
 今回は子ども達に地図を渡して、途中で別行動。京都、という言葉に騙されがち?ですか京都は都会です。人口多いです。当然、趣味の数も多く、同じ趣味に走る人も多いのです。地元では少ない趣味の店が、京都では人口の多さ分多くある!ということで、子どたちは自分達の趣味に走ってました(笑)がっつり買い物できて嬉しかったようです。
 あちらこちらを冷やかして、京都名物のお菓子とか買って、お決まりのイノダコーヒーでティータイム。やっぱりおいしいわ。

 夜は新規開拓で、新しいラーメン屋さんに行きました。一神堂だったかな。とんこつベースの細麺のラーメンでしたが、とてもあっさりしたお味。一時、こってりが流行っていたけれど、そろそろあっさりスープの流行がきたかな?最近、新しいお店はあっさり系が多いような・・・。見た目こってり、でも、食べたらあっさり・・・も多いような・・・。
 量は多くなく、少なくなく。晩ご飯にもいけるし、飲んだ後の一杯にもいける感じでした。

 帰り道は時間が8時前だったせいか、交通量が多かったかな。でも、市内渋滞みたいな感じだったので、地元の人が帰ってくるとかご飯食べに出て行っていたって感じでした。
 実は、この前の夜、旦那さんに進められた浅田二郎の本を読んで徹夜してしまっていたので帰りの車はほとんど寝てました(^_^;)

 そんなわけで、今年も我が家の新年行事が終わりました。また、来年もみんなで無事にいけますように・・・。(って、鬼が笑うだろー(笑)
 

| | Comments (0)

2008.01.01

08年 明けましておめでとうございます。

Dsc02462 あけましておめでとうございます。
 旧年中は何かとお世話になりありがとうございました。
 今年もよろしくお願いいたします。

 さて・・・。
 去年はいろいろと変化のある年でした。私は30代を迎えた頃から、いつか来る「自分だけのための楽しみを楽しめない時期」「誰かしらのために自分を後回しにして働く時期」が来るまでは、自分のやりたいことや遊びたいことを優先しようと思ってきました。現実には、そうできた部分とできなかった部分があったのですが、半分以上はできたのではないかなと思います。
 去年はそういう遊び気分(?)を切り替えるような年で、体ごと心ごと「誰かしらのために自分を後回しにする・・・」方向へチェンジしたみたいです。
 これまでに、いろいろなことを経験させてもらったおかげで、今現在は自分を後回しにしてもあまり苦痛を感じません。むしろ、まだ、「これから何年かわからないけれど、今からは誰かのために働く時期が来た。」みたいな気持ちが自分の中にあります。
 親の介護にしても、もっと大変なことになる予感はひしひしなのですが、それも死ぬまで続く訳じゃなし、親孝行ができるのなら上等!くらいの勢いだったりします。子ども達も大きくなり、それぞれの進路を真剣に考える時期がまもなくやってきますが、今時はそれにお金もかかるわけで、そちらも「よし、頑張って稼ぐぞ!」みたいな意気込みだったり・・・。
 ぐずぐずとうざうざと愚痴っている場合じゃないな、と思いつつ、それよりもそんな愚痴さえ明るい笑いに変えていければなあ・・・と考えています。
 で、時々は、どっか遊びにも行くぞ(笑)と、いうか、頻繁にいけない分、遊ぶ時は思い切り楽しもう、思いきり遊ぼうと思っているので、帰って今までより楽しいかもしれないなあとか。

 まあ、そんなわけで今年も明けました。みなさま、よろしくお願いいたします。

| | Comments (0)

« December 2007 | Main | February 2008 »