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2008.05.13

百か日を終えて・・・③

 と、いうわけで、義母が意識不明になってからお葬式が終わるまで怒涛のような時間が過ぎて行った。
 終わってからも、旦那さんともども会社の休みをもらった関係で、すぐに家の片付けや不用品の整理をした。本当にあっという間に時間は過ぎて行った・・・。

 それから、寒い季節を過ぎ、春が来て、少しずつ落ち着き始め、新しい時間の流れができようとしている今日この頃・・・。

 「老い」は哀しい。切ない。一人になった義父を見ていると、無常を思う。
 けれども、「老いる」ことは辛い事でも哀しい事でも寂しい事でもないと、そうも思いたい。自分が老いた時、もし、伴侶が先に逝ってしまった時、「老いてこそ素晴らしい」と思える人生を歩きたい。

 去年、子どもが流れてから、義母の介護に時間や気持ちを注ぎ、私は自分の周り(近所や学校関係)の付き合いを絶っていた。目の前の現実と本当に身近な子ども繋がりな付き合いとのギャップについて行けなかったからだ。皆が話している子どもの問題や受験や旦那や旦那の実家の愚痴やら、ランチや流行の服やかばんの話し、ブランド物の話、そういうものと直面している現実とのギャップを埋めることができなかった。
 義母の介護や病院の付き添いとか、これ幸いとそれを理由にそういった付き合いを絶っていた。

 本当に必要なものは?本当の幸せは?

 付き合っていた彼女達が薄っぺらいわけでも、悩みがないわけでも、体験してないが故の脳天気なわけでもなく。目の前の事実が現実が違うだけなのだろうと思う。
 でも、それらと今の自分との思いや考えがかけ離れているから、今さら、以前のように屈託なくそういう話に興じる気になれない。
 また、彼女達の中にもっと深刻な事実や思いを抱えた人もいて、その人の思いや考えを私が理解しているか?と言えば、そうでもないだろう。私と同じように、興じる気になれずとも、ギャップを埋めて変わらぬ付き合いをしている人もいるのかもしれない。
 どうすることが一番いいのかはよくわからないけれど。私は義母が亡くなって3ヶ月以上たつというのに、まだ、彼女達と連絡を取って以前のようにランチや買い物に行こうという気になれない。

 もしかしたら、このまま、彼女達との付き合いはなくなってしまうかもしれないなあ・・・と思いながら、今を過ごしているが、いつかまた屈託なく話しに興じる日が来るのだろうか?

 今は、毎日アルバイトに出かけ、帰りに義父の家により晩ご飯を用意してくる。実家にいる間に仏壇のお供えやらお花を新しくしたりお水を変えたりする。
 義父の話し相手を少しして、密かに郵便とかに目を通し(最近物忘れがひどくなってきたので、さり気にチェックしている。そうしないと大事な郵便物の存在を忘れることが多くなってきたからだ。)、目に付いたところを掃除したりする。家に帰ってきて、晩ご飯の用意をして洗濯物を片付けて。
 朝はお弁当を長女が作ってくれるようになったので、少し余分に寝ていられる。起きてきてしばらくすると子ども達が出かけていくのでそれを見送り、洗濯を干して、お風呂の掃除をしておく。ワンコとにゃんこのトイレ掃除をして、軽く掃除をして、旦那さんを見送って自分も出て行く。
 週末は、時によって一日実家へ行き、掃除や洗濯や布団乾しを手伝う。そうしない日でも晩ご飯は義父も交えて食べることにしている。

 アルバイトもずいぶんと慣れてきたし、会社も私の環境に理解を示してくれるので、柔軟に対応してくれるのでありがたい。
 事務所の人も社長も相変わらず気さくで、今のところ働いているのが苦にならない状況なので、とても助かっている。

 そんなことで、以前のような学校関係の付き合いがあった友人達とは、相変わらずまったく連絡を取っていない。(向こうからも来ないのだけどね(^_^;)
 にもかかわらず、それが以前ほど苦にならないと言うか、気にならないと言うか・・・。

 最近は、喘息やらなんやらで体の調子も万全とは言えなくて、何かにつけて完璧にきちんとしないようにとしている。だから、部屋の中は雑然としているし、一度何かで散らかってしまうとなかなかすっきりと片付けることができない。

 ああ、あともうひとつ。義母を亡くして思ったことは、「自分の思い入れのあるものは他人の宝物ではない。」と言うことだ。

 義母の世代は第2次世界大戦中が育ち盛りで、戦後の物のない時代が青春時代だった。そのせいでもあるのか、当時の大企業に勤めサラリーの多かった義父母は、自分達のほしいものをたくさん購入したみたいだった。
 また、当時の役職も影響して頂き物も多かったようで、義母が亡くなって家中を整理したらびっくりするくらいの「物」が出てきた。おまけに昭和一桁生まれの人の性分なのだろう、物が捨てられない、何もかもがもったいなく、また何かに再利用できると、いろんなものが残されていた。

 衣服から装飾品、日常品、食品、食器、台所用品。義母を介護するために片付けた時の何倍もの不用品があふれ出てくる。(それでも、義母関連のものだけなのだから、義父のものも整理したらどれだけのものがまだ残っているのだろう。)
 どれもこれも、義母が生きていたら、こう言うだろう、ああ言うだろうと思うし、これは孫達にあげようと思って取っておいたのだろうなあとか、いつかは私にくれるつもりで置いていたのだろうなあとか、思い出があり、もったいなくて、積もりに積もったのだろうなあと、そう思うものばかりだった。
 感慨にふけっていたら、本当にどれこもれも捨てられないものばかり。半ばあきれ、半ば悲鳴をあげ、半ば泣きながら、それらを片付け、不用品として処分する。

 辛い作業だった。切ない作業だった。
 こんな思いは、自分だけでたくさんだ。私は子ども達にこんな思いはさせたくない。
 今まで、いろんなものを集めた。コレクションを始めれば、結構集めてしまうたちなのでいろいろと物がある。
 もう、それはやめにしようと思った。本当にほしいもの。本当に必要なもの。棺おけに入れてまで持っていたいもの。そういうもの以外は買わないでおこうと思った。
 そして、今まで集めたものは、ずっと生きていられたとして、60歳で一度すべてを処分しようと心に決めた。60歳ちょうど、とは言わないまでも、それくらいを目途として、あらゆるものを整理してしまおう。もっとシンプルに、もっとコアに生きたいと思う。

 購入するなら、少々値が張っても、本当に価値のあるものとか本物を手元に置こう。消耗品はどんどん使っていこう。
 今でも物があふれんばかりの我が家。一度には決心がつかなくても、一年に一度は整理してしまう時期を作ろうと思う。

 思い出だけ、心に残して。写真くらいはあってもいいかもしれないなとか思いながら。どの景色もどの出来事も、心に刻んで。子ども達が残しておいてほしいと思うものだけを残して。
 骨となり、土に還る。その時に持っていけるものなどないのだから。
 思いだけを持っていく。そんなことを本当に心から思った。

 あの世へ行ったら、曾祖母が残してくれたポシェットがもらえる。母と祖母とおそろいの。それは小さいもので、A5判くらいの大きさの薄いもの。そこに入るものくらいしかあの世ではいらないってことだなあと、昔見た夢を思い出した。

 現世をありがたく生きていこうと思う。哀しいも苦しいも切ないも痛いもたくさんあると思うけれど。同じだけの嬉しいも楽しいも幸せも気持ちいいもあるはずだ。
 現世を愛しく思い生きていこうと思う。繋がってくれる友や関わってくれる人々を大切に思いながら。
 分不相応なことはせずに、できることをできる時にしながら。ゆっくりと一歩一歩歩いていこうと思う。
 人生折り返してしまったから、年々老いていくから、時間は限られていくから、焦る気持ちがないわけではないけれど。あれもこれもと欲張らず。と、思う。

 さて。
 百か日を過ぎて、そんな日々を過ごしているが、かといって、本当にしたいこととか本当にほしいものとか個人的な欲はどこにあるのか自分でわからない。
 何もほしくない気もするし、何もやりたいことはない気もする。
 とりあえず・・・。こんな思いを書き残せる場所がここにあることに感謝して。こんな思いを読んでくれてコメントを寄せてくれる人がいることに感謝して。

 そんなわけで、自分の思いを整理するためだけのような文章に最後まで付き合ってくれてありがとうございました。これからもよろしく・・・です。
 
 

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