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June 2013

2013.06.17

また、頻脈

 どっちかというと覚書。最近の体調について忘れないように書いておこう。

 義母が亡くなったその夜に初めて頻脈を経験してから、なぜか頻脈発作が年中行事になっている(-゛-メ)
 で、たいがい発作が起きるのはこの季節。梅雨に入ってなんか暑くなってきたよなあってころだ。
 振り返ってみると、
 08年の1月が最初。通夜の前の晩、頻脈と胸痛で私立病院のERに。何の処置もしないうちに症状が治まったが、原因は不明。サンリズムという薬が処方された。
 次が09年の暮れ。貧血を起こしたように目の前が真っ暗になり、意識が遠のく。はっと気がついて意識を保つと今度は頻脈。サンリズムを飲んで治める。
 10年の6月。出勤途中で頻脈が起こる。サンリズムを飲むが治まらないので救急車を要請。しばらく車内で休憩している間に治まった。念のためかかりつけ医院へ搬送してもらう。
 11年6月。やはりこの季節。衣替えをしている途中で、頻脈が起こり、視野が狭くなる。サンリズム服用するがなかなか収まらない。(前年もこの年もサンリズムを1錠服用。作用があるまで1時間くらいかかっていた感じ)救急車要請し、車内で治まりかけるが、動いたせいか発作が再発。胸痛に苦しみ、造影剤を入れてCT撮影するもなにもなし。
 12年6月。会社で勤務中、頻脈が起きる。この時はワソランを2錠服用するが、40分してもおさまらないので、救急車要請。搬入先の病院で、動悸を抑える点滴を受ける。ワソランの場合だと2錠じゃ足らなかったのかもねと搬送先のドクターが呟いていた。
 で、13年。今年の6月。実家へ行く途中で、頻脈発作と視野が狭くなる症状が起きる。すぐにコンビニのパーキングに避難して、サンリズムを飲む。前年の搬入先のドクターが教えてくれた呼吸法を焦らずに繰り返す。楽な姿勢を取りながら、休むこと20分。薬が効いてうそのように楽になる。

 と、言う感じ。
 今年はまだ改めて病院へ行っていないが、救急搬送されるたびに心電図を取り、心臓エコーを撮り、CTスキャンも受けるのだが、特に原因はないと帰される。
 ただ、頻脈が起きているのは事実だし、搬入されてから20分くらいは100を超える脈、苦しいのもドクターは目にしているので、薬の処方だけはしてくれる。
 精密検査を受けるほどでもないのか、どの病院でも特に要望するなら看てあげるよ的なスタンスだったな。
 
 

 ちなみに、今年、私は特定健診調査の年齢だったので、義父がかかっている総合病院へ検査をしに行った。検査内容は問診と血液検査、尿検査、問診から必要とされた心電図検診。
 その結果だが、尿検査、心電図検診は異常なし。血液検査の結果もほぼ正常だった。体重が多いせいで、血圧が高いが薬を処方するほどでもないらしい。
 中性脂肪もコレステロールも正常。血糖値も大丈夫。肝機能検査でγ-GTPは29で正常だったが、GOTが38、GPTが48と高めの数値だったので、しばらくしてまた検査した方が良いと出た。

 今年は乳がん検診と大腸がん検診も無料クーポンをもらえる年なので、そちらもおいおい行ってこようと思う。

 5,6年位前まではあれほど苦しめられた喘息なのだが、不思議なことに今の会社に勤めるようになってから、ほとんど発作が出なくなった。
 今の会社は、山のふもとの空気のきれいなところにある。朝、9時ごろ出勤して5時6時に帰ってくるので、たぶん一番空気の悪い時間帯に地元にいないせいか?
 前の職場は火力発電所の近くで、高速道路や大型幹線道路のすぐ近くだったし、職場も禁煙ではなかったので事務所中ものすごい煙草の煙だったのだ。(なんせ、帰りに車に乗るとタバコを吸いもしない自分がタバコ臭くて仕方がなかったほどだ。)
 今の会社に勤めだしてもうまる6年たつが、この間発作らしい発作を起こしたのは2回ほどだった気がする。環境ってすごいと思う。

 そんなわけで、どこが悪いとか何が悪いとかいうわけではないのだが、歳が歳だけに若い頃のように無理がきかないのは事実。うまいこと、体と相談して時間を使って、力を抜くところと頑張るところを分けていかないとね。

 今年は気候も変だし、体調には気を付けて。皆さんもご自愛ください。 
 
 

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2013.06.15

下の世話で「ありがとう」

えっと。いわゆる「下の話」なんで、食事中とか食事前の方は後で読んでね(^^;

高齢になると、排せつが自分の意識通りいかないことが多くなってくる。特に認知症になるとコントロール自体もできなくなってくるし、排せつしたという自覚もなくなってくる場合がある。
さらに、認知症の場合、粗相をした後、それを適切に処理することができなくなる。
粗相をして汚したから片付けなくてはならないことはわかるのだが、それをどうすればよいかわからなくて、汚物を隠したり、洗面所で洗ったり、壁に塗りつけたりしてしまう。でも、これはわざとじゃない。
と、いうことで、介護をしてくれる人にいわゆる「下の世話」をしてもらうことになる。

「下の世話」をしている介護するほうも、できたら「下の世話」なんざやりたくない。下着やリハビリパンツ、おむつや服などについたものを拭いたり洗ったりしたくない。
臭いはすごいし感触は嫌だし、それが床や畳やトイレ中にあった日には、目の前真っ暗になる。
私は、トイレの床に固形物が落ちていたときは、真っ暗になる前にパニック起こして、思わず両手あげて踊ってしまった。そう、沢田研二の勝手にしやがれのように(古)

だれだって。自分の「下の世話」なんぞ、他人にしてもらいたくはないだろう。どれほど耄碌しても、食べることと排せつくらいは自分でやりたいはず。しかし、そうせざるを得ない。
さらに、してもらったからには申し訳なくて「すまないな。」とか「ありがとう」とか、そんな風に言わざるを得ない。(ときどきは、プライドが高いせいで、かえってお怒りモードな言動になる方もいるらしいが。)でも、多くの人は、自分の「下の世話」をさせてしまって申し訳ないと思っていて、してくれた人に頭を下げる。

義父もそうだ。失敗して、汚れたお尻を拭いてあげるとき、就寝時にリハビリパンツからおむつに着替える時。
いつも「すまんな。」「ありがとう」と言ってくれる。
私は、それに対して今までは「いえいえ、お疲れさん。もう終わったよ。」と答えていた。けれども、最近、お疲れさんの前にありがとうを付け加えるようにしている。

してもらいたくもない「下の世話」。それを我慢してさせてくれる。
自分だって他人の「下の世話」はしたくない。それをしてもらっているという申し訳なさ。
そういうことをすべて超えて「すまんな」「ありがとう」という気持ちがある。

だから、終わった後、「すまんな」という義父に「いえいえ、こちらこそありがとう。お疲れさんやったね」と言うようにした。
それで、何が変わっているとは思わないが。続けていれば何かが変わるかなと思う。

義父の認知症は治らない。どんなスピードで進むかはわからないが、確実に悪くなっていく。認知症がさらに進み、人間の尊厳をどんどん失っていくのか、家庭での介護が無理になっていくのかもわからないけれど。
少しでも、今以上の生活が続くよう心がけていきたいから、小さなことでも思いつくことは実行していきたいなあと思う。

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