介護・看護

2014.05.25

介護のコツは…?

  義父母の介護、父の看護をしている時、何かの参考になりはしないかと介護に関するブログを検索し、心に留まったいくつかをずっと拝読しています。どの方もそれぞれの家庭環境、それぞれの考え方に基づいて、それぞれの介護をなさっています。その根底にあるのは、確かな家族の絆です。
 嫁姑であったり、嫁舅であったり、母と娘、母と息子、父と娘、父と息子であったりと、形は違い、そこに生じる葛藤も軋轢も様々ですが、根底にあるのは、やはり家族の絆。
 少しでも長く穏やかで過ごせる時間を持ってほしい、そしてお互いに少しでも気持ち良く過ごせる方法を選びたい、そう思いながら、それぞれの工夫を凝らしていらっしゃいます。

 うまく介護生活をしていらっしゃる方々の共通点は、介護におけるキーパーソンが確立されていること、介護する側もされる側も納得した上で過ごしていること、介護サービスをうまく利用していること、介護スタッフと...のコミュニケーションがうまく取れていること、そして、家族全員がそれぞれ何らかの我慢を良しとしていること。
 この5点くらいがうまくいっているご家庭は、たいてい介護生活が穏やかで気持ちよく過ごせているように思います。

 これから介護が始まる方、今現在介護生活をされている方、このあたりを今一度考えてみてください。
 うまくいっていない、自分だけが辛い思いが多いと感じるのであれば、なおのことです。
 どれかがうまくいっていないけれど、どうすればいいかわからない。という場合も多々あると思いますが、そういう時は、お近くの包括センターに問い合わせたり、知っているケアマネージャーさんがいれば相談したりしましょう。
 自分一人で抱え込んでいては、いつか自分が倒れますよ。

 どうせ我が家のことなんてわかってもらえない。と思うかもしれませんが、意外と世間によくある話だったりします。先達が経験して解決してきたことと同じことも多いです。

 話は変わりますが、介護をされている方のブログを読んでいると、どうしたって最後の日が来るんですよね。それが目前に迫っている記事に触れるとどうしようもなく。ただ、言葉をかけることしかできないんですよね。
 命が終わるのは、どれだけ願っても、どれだけ叫んでも、止めることはできない・・・。
 これは切ないものです。
 必ずその日がやってきます。その時がいつか、なんて誰にもわかりません。だから、その日その日、できることをできるだけ、やり続けなければ・・・と、祖母を父を義父母を見送って思うことです

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2014.03.23

義父、永眠

 3月14日。午前2時過ぎ。揺れたのに気が付いて目が覚めた。自分の感覚ではかなり揺れたように思ったので、ネットにつなぐと愛媛で震度5強の地震が起こっていた。こちらは震度2だったそうだが、2階にいたせいかそれよりも揺れたような気がした。
 ひとまず大丈夫と思ったので、もう一度眠ろうとうとうとした頃。携帯電話が鳴り始めた。こんな時間にかかってくるなどろくなことはない。きっと義父の病院からだと番号を確かめる。案の定、義父の病院からだった。

 「容体が急変して、今、呼吸がない状態です。」と言われて「心肺停止ということですか?」と問うと「それに近い状態です。」との返事。すぐに駆けつけると話して電話を切った。
 地震のせいか、家族全員が電話の音で目覚めたようで、電話を切った時にはそれぞれ行動を開始していた。
 電話がかかってきたのが2時31分。病院へ着いたのが10分後。病室までの間に看護師から経過を聞く。

 12時の回診の時には寝息を立てて寝ていたという。2時の回診の時に、口から泡が出ていて呼吸が乱れていたらしい。すぐに心電図などを付けて処置を行ったが、見ている間に低下していくので連絡をくれたようだ。
 私たちが到着した頃には、息は途絶えていたが、心電図は微弱ながら動いていた。ドクターが「多分、このまま心肺が停止していくと考えられます。ご家族の見ておられる前で死亡診断を行います。」と告げている間に、心肺停止。

 3月14日、午前2時53分。義父は84歳の生涯を閉じた。

 前々日の3月12日。リハビリのスタッフが病室を訪ねてくれて「ここ一か月のリハビリの経過は好調で、歩行器を使ってですが10メートルから20メートルの歩行ができるようになりました。階段も両手で手すりをもって後ろ向きですが5段ほど降りることができます。筆も持って字が書けるようになりました。この調子ならゴールデンウィーク明けには退院も可能だと思います。」と話してくれていた。
 1月の終わりの転院のころにはインフルエンザを起こしたり、転院して1週間は肺炎を起こしかけていたのも乗り越えて、最近では顔色も良く、食欲もまずまず戻ってきていて病院食で半分、家にいた頃と変わらぬくらい量も取れるようになっていたのに。
 前日の3月17日の夕方、息を引き取る8時間前には、夕食をやはり半分量を食べ、持参したキーウイも半分食べられた。今が3月で5月には退院できると義父に話すと「そうか」とほっとしたような顔をしていたのだが…。

 あっけなく逝ってしまったな。
 義母の時は、義父も残っていたから亡くなったからとあまり感傷に浸る余裕はなかったが。夫の両親とはいえ、ふた親がいなくなるというのは、本当にさみしいものだなと思う。
 入院して2か月半たっていたから、家にはいなかったけれど、やはりどこにもいないというのとはわけが違う。きっと帰ってくると思っていたし。
 なんだか夢を見ているような感じだ。本当に死んでしまったのかな。
 冷たくなった義父にも触れたし、湯灌もしてもらった。ひつぎに入って、思いのほか顔色の良い穏やかな死に顔も見た。通夜も葬儀も行ったし、焼き場で最後のお別れもした。
 なのに、なんだか夢みたい。

 義母の時は、お葬式もそれに関することも初めてだったし、あてにしていた義父は茫然自失であてにならなかったし、子どもたちも中高生で買い出しなど頼めなかったしで、ばたばたと流されるままに過ぎて行って、とても大変だった。
 今回は2回目ということもあり、子どもたちも成人していて、買い出しなども自分たちで行けたし。実家の父が亡くなっていることもあり、弟が中心となって家族全員で来てくれたので、いろいろと手助けしてもらった。
 親戚の叔父や叔母、従兄弟たちもそれぞれの立ち位置を把握してくれて、いろいろとアドバイスをくれたり手伝ってくれた。
 晩年は、私たちと一緒に暮らしていたけれど、生まれ育った場所で一晩過ごし、地元で葬儀を行うという話に、義父の昔馴染みやご近所さんが良くしてくれた。
 感謝、感謝である。私たちだけではできなかっただろう立派な葬儀で、義父も喜んでくれていると思う。

 それでも何かと至らないことは多いもので、あちらこちらに失礼があったのだろうなと心苦しく思います。
 遠くの友達も何人か来てくれて、いろいろと心使いをしてくれて本当にありがとうございました。

 お義父さん、安らかに。大好きなお義母さんとまた一緒ですね。先に逝ってしまった兄妹や私の父や祖母と一緒に仲良くね。
 

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2014.02.01

転院できたよ

 18日にインフルエンザと言われた義父。転院がどうなるかは連絡がないまま20日当日を迎えまして。
 朝、とりあえず駆けつけましたなら、移動途中に連絡があり、「熱は下がり安定しているけれども、年齢や状況を考慮して転院は見送りとなりました。」とのこと。あらら・・・。やっぱり・・・。
 仕方ない。インフルエンザに罹ったら学校だって1週間は出校停止で休まないとならないし、仕事だって、熱が下がって安定するまでは休んでいいような会社だってあるご時世。もし、強硬に転院をして、本人の体調が崩れてしまったり、移動したことで他の人に移してしまってもいけない。いつになるかわからないまま1週間を過ごしました。

 で、翌週28日。無事転院が決まりました。地元のかかりつけの病院へリハビリのために入院しました。
 レントゲンや心臓エコーなどを再度撮り、主治医の診察を経て、病室へ。体調としては、ぼちぼち安定した状態。
 しかし、下半身は安定したものではなく、立ち上がることはできるものの立っていることはできない状態でした。左足は何とか前へ出るのですが、右足が動かせません。右足を出そうとすれば左足で踏ん張っていなくてはならないわけですが、その力が無くなってしまっているんですね。
 さらに座位も保つ時間が前よりも短くなっています。背もたれなしで座った時に、着替えなどでバランスを崩しかけるとそれを立て直すことができません。シャツを着てボタンをしている途中でバランスを崩して傾くとそのままこけてしまいます。
 インフルエンザで安静の前は歩行器にもたれて20メートルくらいは進めたということなので、その時は、もたれてはいても立っていられたってことなので、そのくらいに回復してくれたらいいなあとは思うのですが…。どこまで元に戻るかなあ…。

 食欲の方はないわけではないようです。自分から積極的には食べないようですが、好きなおかずやおやつなら自分から食べようとしますし、あまり食指が動かないものでも看護師さんが口にまでもっていってくれるとご飯も一膳を食べることができます。
 大学病院では糖尿病だから甘いものは厳禁でしたが、さすがにかかりつけの病院。義父の体調に合わせて、食事やおやつの差し入れもOKとなりました。
 義父は糖尿病で薬を飲んでいるのですが、もともと血糖値が高めの方が体調が良く、高齢になり食事量もそう多くないということから、食事制限はありません。バランス良くいろいろなものをたくさん摂る。それでも、一度減った体重が増えないところに今回の入院。
 だから、とりあえず食べられるものを食べて、そこからも意欲を引き出せればというところです。

 そんなことで、毎晩、食事時に面会に行き、食べられそうなものを持参します。もりもりと食べられるときもあれば、全然進まない時もありますが、やはり好物は自分から食べようとするので、まずは食べて元気出して、そしてリハビリに励んでほしいものです。

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2014.01.18

転院と言われたけれど・・・

 脳梗塞で家から車で1時間半弱の大学病院に入院している義父ですが、経過はまずまず良好で、右腕右手はずいぶん動くようになりました。
 カーディガンのボタンも自分でできるし、スプーンフォークを使って自分で食事をとることもできます。
 ただ、下半身には力が入らない様子で、歩行器を使えば、それにもたれながら20メートルくらいは進めるようになりましたが、手放しでの自立はほぼできません。
 手すりを持っての移動もやはりまだ無理なようです。ベッドから車いすへの移乗時も、自分の力だけでは無理なようで、介助を必要とします。
 動脈硬化が進んでいるので、血流を良くする薬を新たに一つ増やして服用することになりましたが、高齢であることもあり、いつまた脳梗塞になってしまうかわからないと言ったところです。

 で、一応の治療も済み、あとは本格的にリハビリに移行できるということで、来週月曜に地元のかかりつけの病院に転院が決まりました。
ところが!今日、面会に行くと朝から微熱があったということでアイスノンを枕にして眠った後がありました。
 昼食後、熱を測ると36.7度。まあ、平熱ということでほっとしたのですが、なんというか、たんが絡んだような咳を何度かしていまして。表情もちょっとぼんやりしているかなあと言った感じ。大丈夫かなあとしばらくいたのですが、眠ってしまったので帰ることにしました。
 帰り際、おでこを触ると熱いとかそんな感じはしませんでしたが。

 夜7時前、大学病院から電話がありまして。夕方、38.4度の熱が出たので、調べてみたらインフルエンザA型に感染しているとか!
病室にも病棟にもインフルエンザの患者やスタッフはいないということで、面会者から移った可能性が高いとの話。ん~~、手の消毒は必ずしていたけれど、マスクは今週になってからつけていない方が多かったかも。自分には全く症状がないので、どこから移ったのかさっぱりわかりません。おまけに義父はインフルエンザの予防接種もしていたのに。(予防接種してもかかる人はかかるし、型が違えば意味はないとか聞きますが。)
 というわけで、20日の転院はどうなるか全く読めない展開となりました。さらに、しばらく面会は控えてもらった方が良いとの話で、なんかがっくり。

 そんなわけで、なんだか煮え切らない数日間を過ごすことになりそうです。

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2014.01.08

右上半身は動く

 脳梗塞で倒れて約1週間。
 実家の近くにある大学病院に搬送された義父は、入院3日目に集中治療室から一般病棟に移されました。他に部屋がなかったのか、脳梗塞の後遺症でうまく体が機能しないせいか、高齢者ということだからかは定かでないが、ナースステーション前の個室に入っています。
 一般病棟に移って次の日からは、手足のリハビリと口腔機能のリハビリのために理学療法士さんが1日一回ずつ入ってくれます。
 一昨日はちょうど面会に行くと手足のリハビリの最中。発症後5日目にして、全く動かなかった右腕が肩よりも上に上がるようになっていました。手首もくるくると返るように。握力は元通りではないものの、スプーンやフォークが握れるようになったとかで、食事も何とか自分で食べられるようになったそうです。昨日、旦那さんが実際に横で見ていたのですが、ほぼ問題なく食べられそうだという話。食べ物の形状にもよるかもしれませんが、一番心配していた食事が自分でとれるようで一安心。やっぱり自分で食べたいタイミングで自分で食べた方がおいしいものね。介助や介護する方も365日朝昼晩と食べさせるのは大変だしね。
 昨日は、面会時に口腔機能と頭の体操をしに来てくれました。色や模様がついた正方形に一部だけ形が白く抜かれています。その形と同じ色、形だけれど、模様が違うピースが5つ、別に書いてあり、正方形の抜けたところに当てはまるものをこたえるという問題です。
 難しくなってくると、時間はかかるのですが、スタッフさんは根気よく付き合ってくださって、10問1セットを3セット、つまりは30問の問題に全問こたえて、全問正解できました。血液がサラサラになる薬を投与してもらって頭がすっきりしたのかしら?(笑)
 でも、今日が何日で、ここがどこの病院かはすぐには思い出せず、いくつかヒントがないと出てきませんし、日付や季節に至っては全く見当識がなく、お正月はすんだよと言っても覚えていません。(紅白も見たし、お雑煮も食べたし、おせちも食べたのにねー)

 そんなことで、徐々に回復を果たしておりますが、右足に力が入らないようで自力で立つことはまだ無理なようです。しかし、左足は力を入れることができるので、ベッドへの起き上がり、ベッドから車いすへの移乗は、介助があれば可能だそうです。これも全然動けなければ、車いすなどへの移乗や着替えの時、かなり大変だろうなと思っていましたが、そこまで頑張ってくれるなら、介助も格段と楽になります。

 後、心配なのは、脳梗塞の後遺症でもあるのでしょうけれど、もともとの傾眠傾向に拍車がかかった状態。話していても、リハビリしていても、回診の診察を受けていても、果ては食事をしていても、すぐにうとうとしてしまうんですね。
 横に寝たきりで動かずに眠っていると、敗血症でも起こさないかと心配してしまうんですが、病院にいる時は、朝昼晩と食事の時には座位でいるし、1日2回のリハビリの時にはベッドを起こして座位でいるし、時には起立の練習もあるので、まずは安心かな。家に帰ってきた方が心配だったりして(^^;)

 まあ、そこは介護度も上がるだろうから、デーサービスなどをうまく使って頑張るしかないかな。
 とにかく、最悪寝たきりか?と思っていたので、いろんなことが自分でできそうな状態に一安心しています。

 義父はペースメーカーを埋め込んであるので、MRIが撮れません。CTではMRIほど細かく観察ができないので、細かい確定はできないし今後の不安要素を指摘することも難しいとのこと。血液の検査や血管の検査などをして、経過や結果がはっきりと出て、今後の治療方針が決まって問題なく、地元のかかりつけの病院が受け入れOKになれば転院できるそうです。
 転院すれば、リハビリが主になるらしいですが、何せ高齢ですからどうなることか…。

 そんなことで、大学病院への面会はまだもう少し続きそうです。家からでも会社からでも1時間半弱。がんばろー。

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2014.01.02

義父、入院する

新年あけました。

昨年のご厚情に感謝しますとともに皆様のより一層のご繁栄をお祈りいたします。

えっと。新年早々ですが。脳梗塞で救急搬送されました。義父が。

元旦は私の実家で、弟家族も母も含めて新年のお祝いをいたしまして、みんなでテーブルを囲みました。たくさんお酒もごちそうもいただいて、義父はご満悦でございました。暖かい気分で床に就いたわけですが。

今朝、みんなでゆっくり起きてきて、9時半ごろ義父を起こしまして。右足だけむくみがひどいなあと思っていたら、うまく歩けない様子で。でも、むくんでいると歩きにくいことはよくある話。
手引きにて椅子まで2メートルの距離を移動。その後、自分でパジャマを脱ぎ、洋服を着ました。それからテーブルを伝い歩きで隣の椅子に移動。
朝食前の薬を飲む段になり、右側に倒れました。呼びかけにもはっきり意思表示がありません。右腕を上げて離すとそのままぱたりと落ちます。右足も同様です。
声は聞こえている様子で、体を動かそうとしますが、やはり右側が動きません。
発症から10分後に救急車を依頼。それから10分弱で救急車が到着。5分強たったところで実家を出発。約15分後に大学病院へ搬送されました。

途中、車内で少し意識が戻り、失語状態であるものの、頷いたりの意思表示ができていました。
病院到着後、しばらくすると脳神経科のドクターから、脳梗塞のようなので、発症4時間半以内ならアルテプラーゼという血栓を溶かす薬を投与すればかなりの確率でよくなるという説明を受けました。
副作用もあるし、80歳を超える高齢者には積極的に勧めはしないが、現状よりは回復するだろうということで、治療を依頼。
投与後、24時間の経過観察が必要なので、そのまま集中治療室へ入院。落ち着けば一般病棟に移動、安定すれば近くの病院への転院。その後、自宅療養となる流れ。

投与後6時間くらいして面会に行くと、ずいぶんとしっかりした顔つきに戻っておりました。質問にも答え、動かないながらも手を握ろうとして指が動く。
寝たきりになる可能性も高く、それが原因で認知症が進む可能性もあるので、どんなかなーと思いますが。
まあ、なったものは変えられませんので、あとは義父の気力と家族の団結にかかっているという感じですな。

しかし、元旦にみんなでお正月の食卓を囲めてよかったです。これが、元旦の朝ならちょっと落ち込みは激しいだろうからね。
大みそかにちゃんと年越しそばも食べて、一足早いおせちを家で食べて、おもちも食べて、お雑煮も。
最近は食欲が戻っていた義父ですから、たくさん食べられてよかったです。

こんな感じで人生一寸先は闇。何がいつ起こるかわかりません。先のことばかり心配していても仕方ありませんから、今できること、してあげたいこと、しておきたいこと、しなければならないことを、今するのがとても大事ですね。

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2013.10.06

どうにもならないけど頑張りますか。

介護をしていると、ボディブローのようにストレスがたまって、知らないうちにどんより疲れているということがしばしばおこります。

何年か前は、両親もまだそれなりに元気でいてくれたし夫婦そろっていてくれたから心配も少なかったし、義父もひとり暮らしは無理でも今よりはずっと元気で自分でいろんなことができました。
今は、実家の父はなく、母一人。弟家族と同じ敷地内にいるとはいえ、父を亡くした後の生活に慣れるのに必死で目が離せませんし、義父はもう歩くこともままならず椅子に腰かけたら一日そこから立ち上がることもなく、食事も満足食べようとしません。

そんな状態なので、どこかへ出かけたいと思ってもなかなか実現せずにいます。加えて、自分も年頃なのかやたら疲れる。ちょっと何かをしたら、ものすごく疲れてしばらく動けないような時もあります。
なので、本当にどこかに出かけることが後回しになってしまいます。

義父は定期検診に行くと、血液検査や血圧、レントゲンの結果は悪いところはほぼありません。なのに、最近は元気がなく、ほぼ一日眠っています。テレビを見て笑ったり、新聞を読むということもあまりありません。
そういう状態ですから、いろいろ考えて実行するのですが功を奏さず、これもストレスの一因です。大変でも、成果があれば気が楽なんですけれどねえ。

何もかも投げ打って他人様に預けられたら楽になれるのかもしれないけれど、そうしたら、自分たちが絶対にどこかで後悔すると知っているから始めている同居の介護です。

介護されている本人にとって何が一番なんだろう?と思うたび、自分の介護は間違っているかな?と思うたび、
「いやいや、自分の家と思える場所で、自分の家族と最後まで暮らしたいということが本人の一番の希望。そのためにお互いに我慢している部分もあり、救われている部分もあるんだから。」と思い直して、頑張っています。

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2013.10.01

また食欲不振

 このところ、暑いじゃないですか?朝夕はともかく、昼間は普段の夏と思しき気温で。
一時の猛暑が過ぎて、涼しく感じられたころは少し食欲を戻した義父だが、この数日の暑さでまた食欲不振になっている。
 あの猛暑が一段落しているので、自分たちは暑いは暑いが過ごせてしまうのだが、やはり高齢者にこの暑さはこたえるのだろうな…。

 本日の義父のメニューは、赤飯、豚汁、肉じゃが、フルーツ入りゼリーだ。赤飯3口、豚汁半分、肉じゃがのじゃがいもとこんにゃく1個ずつ、ゼリー半分。
 バランスは悪くはないが、絶対量が少ない。少なすぎる。これでも精一杯の様子。いかんなあ。この調子でまた1週間とか続くとフラフラになってしまうぞ。...
 食べる量が少ないと体力がなくなるし、そうすると免疫力もなくなる気がする。そこへ、急に涼しくなったりして風邪などひいたら、即入院の憂き目にあいそう。入院などしたら、それがたとえ3日間でも一気に歩けなくなるだろう。
 のど越しの良いものをと用意しても、絶対量が少ないのが改善できない。食事の回数を増やすにしても、一口ずつでは意味がなさそう。なんとかならんかなあ。

 涼しくなったら、また食べられるようになるんだろうけれど。心配だなあ。とりあえず、週末は定期検診があって、血液検査も受けるので栄養値とか見て点滴などをお願いしよう。それまでにあまりに弱ってきたら、予約なしで受信することにして。
 高齢者には冬も心配だが、夏も同様心配な季節だなあ。

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2013.08.26

涼しいと食べる

 お盆前後から先週まで、最高気温40度近い温度が続いていた。夜になっても気温は下がらず、朝の気温もすでに30度越え。これでは、元気な若者でも参ってしまうんじゃないかという今年の夏。

 高齢者にとっては、もちろん、これは厳しい状況。ニュースなどでも熱中症で救急搬送されたとかお亡くなりになったとか、連日報道されていた。
 義父も多分に漏れず、夏バテしていた。25度設定でエアコンを入れ、扇風機を付けていても、うっかりすると室温30度を超えたりしていたから、本当に暑かったのだろう。
 義父は食欲も落ち、ひどい時にはご飯100グラムが食べられず、果物とトマトとアイスクリームと水ようかんしか食べないという日も何日かあった。
 面倒なのかあまり感じないのか、水分も強く勧めないと摂らない。体重はみるみる落ちていき、160センチでとうとう50キロを切ってしまった。何度かかかりつけの病院で点滴もした。

 で、今週。日曜日から雨のせいでかなり気温が下がり、エアコンなしでも普通に過ごせる状態。すると、義父も食欲が戻り、いつも用意する半分も食べられなかったのが、ふつーに完食するようになった。
 食べると力が出るのか、デーサービスへ行くときも、リビングから玄関までさくさく歩き、玄関の階段も危なげなく降りる。
 こんなに違うものかと思う。あらためて「食べる」という重要さを認識した。

 全く食欲がないと、食べてくれるなら何でもいいと思ってしまうが、駄目だ、やはり、きちんと食べないと。
 しっかりとした献立の食事を少量でもいいから、きちんとバランスよく、一定量を食べること。これは大事だ。たとえ、同じ内容のものでも、毎食、きちんと食べること。これは本当に大事なんだな。

 とは、言っても、好きなものを献立にしても、食欲がない時は食べないものだ。本当にこの夏は困った。
 涼しくなったとはいえ、また、たまらなく暑い日が来るはず。その時は何を食べてもらおうか。

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 今年の夏、重宝したのは、紀文からでていた、そうめん風の豆腐。見た目はまるでそうめんのように細い麺で、めんつゆやゴマダレなどのたれがついている。
 義父は麺類が好きなので、これにネギを散らして、温泉卵をのせて出すと、そうめんだと思って完食してくれた。
 カロリーはそうめん風豆腐自体は100キロカロリーくらいだが、全く何にも食べないときにこれは大きな味方だった。豆腐だから、炭水化物ではなくタンパク質だし。
 しかし、さすがに夏商品。そろそろ、スーパーでも見かけなくなってきた。ちょっと離れたスーパーでは、イオンなどに比べてかなりお値打ちに売っていたのだが、先週も今週も見かけない。ん~~。困った…。通販でお値打ちを探すか…。
 

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2013.08.14

熱中症には気を付けて

 午前11時45分現在、室温31.5度、湿度43%。暑いけれど、何とかエアコンなしで過ごせる暑さ。
 けれども、先日、このくらいなら大丈夫とエアコンなしで過ごしたら、次の日から義父がばてばて。食欲なし、反応悪し。水分さえまともに自発的には取らず、食欲なしでも食べていた果物やゼリー・水ようかんまでいらないという状態になってしまった。結局、点滴をして乗り越えた。

 私たちには何とか過ごせても、義父にはかなりつらい状態だったのだと思い知った。

 高齢者が家族にいらっしゃる皆さん、自分たちが過ごせるからと、この暑さ(そして冬の寒さ)に油断しないでください。高齢者はそうでない世代よりも確実にダメージを受けます。そして、受けた後に、介護が大変になるくらいならまだしも、命に係わることもあります。
十分に気を付けてください。
 高齢者というと、後期高齢者(75歳以上)と思いがちですが、やはり70歳を過ぎたら、高齢者の仲間入り。70歳くらいだとまだまだお元気な方も多いので、なかなか若い者の心配を聞いてくれませんが、あの手この手を試して、健康と命を守ってあげてください。

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